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石油採掘の際湧き出た温泉-新津温泉



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新津温泉の外景 浴場は右奥にある



現在は新潟市の一部となっている旧新津市。鉄道の要衝として発達した歴史とともに、新津油田は国内随一の産油地として有名であった。今では採掘は行われていないが、「石油の里」として産油施設や石油王と呼ばれた邸宅が知られている。

市街地の一角に、産油地としての歴史が十分に感じられる施設がある。その名は「新津温泉」。旅館の建ち並ぶ温泉地ではなく、1軒の共同浴場だけのいわゆる温泉銭湯である。

しかしこの温泉、温泉好きの方をはじめ一部の愛好家の間では有名で、その理由は、湯に強い石油臭があるからである。というのも、もともとは石油を採掘しようとして温泉が湧いたため温泉施設として整備されたということで、県内にはこのような温泉が幾つかあるという。


好奇心半分ながら夜行明けの朝風呂に丁度良いと思い、新津駅から10分ほど、ややわかりにくいが商業施設の裏手といったところにあった。しかし、その佇まいはだだっ広い空地の奥の方に古びた建物が見られるだけで、いかにも地味な感じだ。

受付の叔母さんに料金を支払うと、浴室までは長い廊下がある。昭和感たっぷりの趣で、障子を開けると大広間があった。簡素ながら舞台もあり、もしかするとこの二階屋は宴会をはじめ宿泊できるようになっていたのかもしれない。

脱衣所に入ると、すぐに入れ替わりの2名の客とすれ違い、浴室には先客1名があった。既に石油のような香りが漂っており、噂通りといったところだ。楕円形の浴槽には意外にも澄明な湯が満たされ、かけ流されている。正直な所、臭いというほどではないと思った。どちらかというと、薬品といった香りである。

先客が上がると投入される湯の音だけとなった。投入口にナイロン袋がかぶせてあるので少し見ると、中に黒っぽい析出物が入っている。湯の花というにはやや硬く、石油滓なのだろうか。新鮮な湯は心持ち硫黄の匂いも感じられるようであったが、泉質としては「ナトリウム-塩化物・炭酸食塩泉」だという。少し口に含むとかなり塩辛く、石油臭も相まっていかにも濃厚な温泉成分である。

しかし意外にも肌触りが滑らかで、皮膚病への効能や美肌効果もあるという。私はしばらく独特の浴感を味わった。


実は、この新津温泉は間欠泉で、3・4ヶ月に一度と頻度は低いが定期的に温泉の建物の床付近から湯を噴出し、館内にはその時の画像が掲げられていた。何とも激しい勢いで建物は大丈夫なのかと思うほどである。建物の前が広く空いているのも、間欠泉の影響を考慮してのものではないかと思われた。

帰ってから少しして新津温泉のことがSNSで投稿されているのを見た。それによると私が訪ねた直後に間欠泉が活動したという。もしかすると、間欠泉の活動前だったから私が入った時には比較的湯に癖が少なかったのか。いずれにしても相当個性的な温泉であり、近くを通った際には訪ねて見る価値のあるところだ。

(2024.04.12訪問)



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玄関前の風景




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長い廊下が印象的 襖の左側には大広間がある




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朝の日が差して穏やかな風情の浴場 新鮮な湯が静かに投入されている




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間欠泉が活動した時の写真が掲示してあった




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裏手には新津川が流れ浴後散策するのもお勧めだ


# by mago_emon3000 | 2024-05-01 21:16 | 関東・信越の浴場 | Comments(0)

北前船の恩恵を受け小柄ながらも豪勢な宿-酒田・最上屋旅館



酒田の町は日本海側有数の港町として大きく発展し、江戸期には北前船の寄港もあって商業も集積した。震災や度重なる大火などもあり町並からそれが感じられる地区は少ないが、市街地の西部、日吉町付近には料亭建築などかつての栄華を伝える建物が幾つか見られる。

「最上屋旅館」は駅からは西に1kmほど、商店と住宅が混在し、比較的飲食店も多い界隈にある。

最初目にした時はビルの間に挟まったような、いかにも窮屈な感じで建っているという印象だった。しかし黒板塀をまとった姿は、周囲の新しい建物とは異なった重厚な歴史を秘めた建物のように感じられる。


ご主人の案内で早速部屋に向う。建屋の全体像は見えないがかなり奥行き深い建物で、部分的には三階建となっておりその部分に一部屋だけ客室がある。屋根裏部屋とも称されるそうで今回この部屋に興味を持ち、予約時に希望しておいた。

むろん屋根裏ではないのだが細く急な階段の先に位置し、踊り場の所に古びた扉があるのもその印象を強めている。部屋は間仕切りを挟んで四畳半が二間ある。面白いのは小さな床の間などの意匠が仕切りを挟んで左右対称となっている点で、廊下に面しては立派な欄間もあり、小さくまとまっていながらも格式を感じさせる部屋であった。


ご主人から日和山公園の桜と落日が見事と教えて貰い、歩いて10分足らずの小山に登ると、丁度日本海に夕日が没するところであり、また満開の桜に映えて少々幻想的な風景が展開しており多くの客が訪れていた。今日は金曜日、夜桜見物の客や高校生などで公園は賑わっていた。宿の夕食は頼んでいなかったので、帰途に素朴な地場の居酒屋で味わいながら大将から地元の様々なことを聞くことが出来た。


部屋に戻り食後酒を嗜んでいるとくつろいだ気分となった。三階の部屋は通りから奥まった位置なので静かである。どことなく土蔵の中の様な雰囲気だ。今の時期はよいが、夏場はさすがに暑いらしく昨年エアコンを導入したとはご主人。館内は風呂まわりこそ更新されているものの、二階・三階へは全て急な階段を昇降する必要があり、お年寄りや足腰の不自由な客には向かない。しかし古い部分をあえて変えないご主人のこだわりが感じられるものである。洗面所などへの案内板、玄関ロビーに置かれた古色蒼然とした金庫、部屋には骨董価値のありそうな置物など、博物館に似た趣も感じる。


翌朝町並を探訪した後の朝食は手作り感があふれるもので、米飯も米どころだけあって美味く、しっかりとお代りをした。


出発前、ご主人からざっと館内を案内いただく機会を得た。玄関付近の天井には屋久杉の板が使われており、それもウズラ模様?という外見上非常に高級とされる材なのだそうだ。確かにウズラの羽の模様のようにきめ細かい年輪模様が見える。玄関から奥に向う廊下に使われている板は、気付かなかったが10m以上はありそうな1枚板が使われておりこれも驚いた。

2階部分の他の部屋も案内いただいた。見るからに豪勢さを感じる黒光りした柱や梁、欄間の意匠、これらは先代が商いをされていて各地の材木を取り寄せたためだそうで、秋田杉など有名な木材がふんだんに使われているという。

昨夕から館内のあちこちを歩いていると、一切きしみ音がしないことに気付いていた。それも柱や梁など建物の各部材が良質でどっしりとしているからだろう。


通りから見るといかにも小さな宿といったイメージだったが、館内に入るとその印象は見事に覆される。インパクトのある外観に惹きつけられても、内部は大したことがないといった宿も少なくないが、それらとは全く対蹠的な旅館といえるだろう。

「日本ボロ宿紀行」で紹介されているからか、当日も数組の客があった。いつまでも続いてほしいものと思いながら後にした。

(2024.04.12宿泊)


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旅館正面




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玄関の様子 




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玄関の天井に用いられる屋久杉の板




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奥に連なる廊下は10m以上の一枚板が使用されている




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案内された三階の部屋 




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間仕切りを挟んで四畳半の部屋が二間続きとなっている 意匠は左右対称




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三階につながる階段 間に扉がある 上から見るとややひねった構造か




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食堂と頂いた朝食




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案内板と彫刻飾り



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対峙する階段



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二階の別の部屋 秋田杉など上質の木材が多用されている


# by mago_emon3000 | 2024-04-27 15:48 | 北海道・東北の郷愁宿 | Comments(0)

川沿いに連なる明治期の旅館建物-浜田市・津茂谷旅館


浜田市は深く入り組んだ湾の奥に城が構えられ、その城下町として町が造られたところである。漁業も盛んで、石見地方を代表する町として発展を続けてきた。

市街中心部、浜田川左岸一帯には城下町を想起させる京町、紺屋町などの町名が見られ、古い町並や繁華街などが展開している。その一角、浜田川に面した所に今回泊る「津茂谷旅館」がある。

旅館建物は三棟が連なった形となっており、対岸から見るとその様子がよくわかる。最も下流側に他より一段屋根の立ち上がりが低く小柄な二階屋、それに次いで二棟の二階建が連なり、下流端の建物に正面玄関がある。屋根は下流端(以後、受付棟)が石見系の赤瓦で、その他は銀瓦だ。


16時半頃玄関を潜ると意外と若い男性(30代位?)が出て来られ、部屋や風呂場などを手際よく案内していただいた。ロビーを抜けるとまず階段を上って客室棟二階に向う構造となっており、奥の客室棟一階部にある客室や風呂場もそこを経由するようになっていた。詳しく聞かなかったので違っているかもしれないが少々ユニークではある。

案内された部屋は中央の棟、川に面し、対岸は市役所など官庁地区となっておりやや殺風景だがそのような地区に明治・大正期そのままの姿で旅館が現役で営業されているのは稀有なことといってよいだろう。


各棟は屋内で一体化しているのだが、廊下に段差や階段があることで建物の違いを知る。ちなみに受付棟が最も古く築120年とのことで、その約10・20年後に上流側に建増ししたのだという。改装のためそのような古い建物とは感じないのだが、目を細部に向けるとあちこちに長い年月を感じるものがある。その一つが所々に置かれた昔ながらの家具だ。調度品や装飾品も適度に配置されていて、大切に扱われていたことがわかる。奥の棟の客室に降りて見ると、そちらにも玄関があった。かつては別々の受付だったか?色々想像させるものがあった。


この旅館では夕食は提供されないが朝食はいただくことができる。希望の時間に受付棟の食堂に向うと、案外広い厨房があり、女将さんと思われる女性と最初に応対された男性が準備をされていた。丁寧に手づくりされた品々で、この朝食も宿の名物と言えるだろう。


宿を出る前少し女将さんとお話することができたので尋ねると、やはり男性は息子さんとのこと。ご主人の姿は見えなかったが、家族のみで経営の小規模宿だから続けられているのだろうと思った。女将さんによると、付近は以前賑やかな町の中心で、他にも複数の旅館があったという。


旅館のHPを見ると、その冒頭に「やどらしくない宿」とある。それは家族経営で一般家庭のような味わいを指しているようで、リピート客も多くいるに違いない。朝食付きで一般的なビジネスホテルの素泊りよりも安価な値段であるので、利用価値が十分あると感じた。

風呂場や御手洗いは新しく更新されているので、快適に過ごすことが出来る。それらが古いままというのも個人的には魅力があるものと思うが、衛生面にもかかわる場所であり、不満に感じる御客も少なくないだろう。これは私も賛同したいところだ。

(2024.03.23宿泊)


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浜田川対岸から見た津茂谷旅館




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手前から受付棟、二棟の客室棟




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改装された玄関回り




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客室へはこの階段で向う




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泊った客室




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柱の継ぎ跡



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棟境の階段



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最上流部の客室棟



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最上流部の客室棟玄関




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廊下の一角には古い箪笥が




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朝食会場と手作りの朝食


# by mago_emon3000 | 2024-04-07 14:01 | 山陰の郷愁宿 | Comments(0)

三河湾を一望する高台に秀麗な姿-蒲郡クラシックホテル


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蒲郡クラシックホテルの全景(西側玄関棟側より)



三河湾周辺は古くから保養地として知られ、優れた風光と海産物などを目的に地元のみならず遠方からの来訪も多い地域である。宿泊施設としてそれを象徴する存在が蒲郡クラシックホテルだろう。明治末期に創業した前身の料理旅館「常盤館」は数々の文豪を無料招待し、作品中に旅館や蒲郡のことを取り上げてもらうことにより保養地としての知名度を上げる営業作戦を取ったという。その効果もあって昭和9年現在の建物となる蒲郡ホテルを竣工、当時としては画期的な高級リゾートホテルであった。竹島を望む小高いところに鎮座する木造三階の造りは、海側からは城郭のように壮大さと格式を感じさせる。東海道新幹線の車窓からも目にすることが出来、シンボル的な存在を示している。建物は登録有形文化財、近代化産業遺産にそれぞれ指定されている。


蒲郡ホテルは昭和天皇にも利用され、その際は三階のロイヤルスイートルームに泊られたという。その後幾度か経営元が変り、2012年から蒲郡クラシックホテルとして再スタートしている。数々の映画やドラマの撮影も行われており、小津安二郎監督の映画や、木村拓哉主演のドラマの舞台にもなったとか。これは後から知ったことで、事前にそういった情報を知っておけばより感慨深いものになったかもしれない。


建物を正面に見て、まず銅板に葺かれた屋根を持つ玄関先に張り出した部分も、建物全体のイメージにアクセントを与えているように思えた。屋根下の木組には和風の意匠も感じられる。館内に入ると、まず広大なロビーと二階部分まで吹き抜けた構造が印象的に映る。いわゆるアール・デコ様式と呼ばれる内装だそうで、一部は改装されているようにも思われたが、私はその方面には暗いので詳しくは判らない。照明設備、格調高さを感じるには十分の調度品類である。


客室は主に東側の棟部分にある。私は山側の部屋を予約したので三河湾を見ることはできないが、ゆとりのある広さの室内と大きく取った窓など、一般のホテルではなかなか味わいにくいものだ。朝食付きのプランだったのでホテル併設のレストラン「六角堂」のテイクアウトメニューを注文した。地元産の牛肉をふんだんに使ったステーキ丼で、メインダイニングのフランス料理よりは安価で気軽に味わうことが出来る。朝食ではそのメインダイニングで優雅な気分を味わえたので、それで十分である。ダイニングの広い窓からは町の風景と三河湾の景色が大きく広がり、明るい雰囲気で朝食場には相応しい所であった。また、二階の回廊部分にはテラスがあり、そこから見る三河湾と竹島も絶景だった。


朝はその竹島まで散歩し、建物前面の小公園を散策することをお勧めしたい。敷地全体が公園のようになっており、ツツジの植込みも丁寧に整えられ春になると秀麗な景色が展開するに違いない。敷地内には「六角堂」のほか、和風料亭の「竹島」などが風情ある佇まいを見せる。


深い歴史と格式を味わうことができ素晴しい1泊ではあったが、率直な感想からいうとこういったホテルへの宿泊は、やはり特別な日、記念日や招待旅行などに適し、何というか分不相応というかしっくりこないものを感じるところが少々あった。今後、そういった目的や場面での利用が出来れば、なお素晴しい滞在になると思えた宿泊だった。

(2024.01.03宿泊)


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蒲郡クラシックホテルの全景(東側より)




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少し手前から 左はレストラン六角堂



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玄関先張出し屋根部の木組




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玄関風景




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ロビー全景




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クラシックな外観のエレベーター




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二階回廊(吹抜け部分)




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泊った部屋




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夕食は六角堂のテイクアウトメニューを注文した




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メインダイニングでの朝食




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二階部テラスからの風景 竹島が正面に見える




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竹島から見るホテル全景



# by mago_emon3000 | 2024-01-14 14:39 | 東海・北陸の郷愁宿 | Comments(0)

宍道湖を望む一等地に建つ明治12年創業の老舗-松江・大橋館




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松江大橋と大橋館



宍道湖から流れ出る大橋川は松江市街中心部を貫き、中海とをつないでいる。そこに架けられた昭和12年竣工の松江大橋は日本百名橋に選定され優美な姿を見せている。江戸初期に松江城建築の際、最初に木橋が架けられた位置にあり、その後何度か架け替えられ後期には大橋と呼ばれるようになった。



大橋の北たもとに旅館「大橋館」がある。創業明治12年の老舗で、今の建物は近年になって建て替えられたものというが、現代的ビル旅館の建ち並ぶ西側にある温泉街の建物群とは一線を画した風情があり、大橋との取り合わせが実に絵になる。松江の市内では一度泊ってみたい宿と思っていた。

ただ私の最も好む中小規模の鄙びた宿とは少し趣が異なることや、日帰り圏でもあり泊ることを主目的にするにしてはどうか、との思いがあり、また観光温泉旅館なので週末の料金が割高となる。そうしたことから出張時を利用するのが最適との思いでその機会が訪れないかと目論んでいた。朝食のみだったら比較的手軽な値段で、幾分か個人で加算すれば泊ることができる。


案内された部屋は大橋川側に面し、広縁からは松江大橋、先には宍道湖も遠望される。早くも薄暮の風景に変り、橋を往来する人や車、時折その下を小船が通過していく。大橋のたもとというのは、当時旅館が立地するには一等地であったに違いない。もちろん今でも変わらないといえるだろう。

地下には松江温泉から湯が引かれた温泉浴場がある。晩秋から初冬へ向う平日のことフロントではわずかな客を見たが浴室内は無人で、朝風呂とともに湯を存分に味わうことが出来た。無色透明で癖のない湯だが肌触りは良く、投入口付近には析出物があって温泉であることを示していた。


朝食は2階にある料亭で、個室になっており落着いていただくことができる。シジミの味噌汁はお代り自由で、イカの刺身やカレイの焼物、湯豆腐などさすが格式ある旅館の朝食といった内容であった。満ち足りた気分で外を眺めていると、早朝からシジミ漁を行っていたらしいの小型の漁船が宍道湖から続々と戻ってきており、橋の付近で留まっている船もある。見ているとシジミの選別を行っているようだった。そのような風景を見ながら味わう朝食は、また格別なものがあった。

(2023.11.30宿泊)





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正面玄関付近




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ロビーの様子 チェックイン時に抹茶をいただく




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案内された部屋




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部屋から見る松江大橋




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地下の浴場(夜と朝で入れ替え制)




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朝食会場




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朝食




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朝食会場の個室から見る朝の風景


# by mago_emon3000 | 2023-12-24 11:23 | 山陰の郷愁宿 | Comments(0)