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市街地の外縁部に佇む旅館-徳島・大正楼

徳島駅から西に二駅目の蔵本駅付近は、郊外というより市街地の外側といった印象で近くには大学病院などがあるエリアだ。そのような一見殺風景な地区にも古い旅館が残っている。この大正楼は名のごとく、大正初期に創業というが詳しい年数は不詳とのこと。
しかし歴史が古いことを証明するものが客室内にある。欄間に軍旗が彫られた意匠のものがあることだ。明治末年に陸軍の施設が近くにでき、この旅館も関連する客が少なくなかったのだろう。このあたりは到着後ご主人に簡単に紹介していただいた。
市街地に位置することからビジネス利用に対応してか、内装は最近になって近代的な旅館風に改装されたようである。しかし建物全体から、年月を重ねた建物でしか味わえない重厚感が感じられた。
当日は宿泊者は私だけのようだったが到着後の食事なしから朝食付きへの変更も快く受け入れてくださり、感謝の宿泊であった。
阿波の小宿というキャッチフレーズ?で呼ばれているがまさにそれに相応しい宿であった。
(2017.12宿泊)

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軍旗を模した欄間の意匠も見られる

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# by mago_emon3000 | 2019-10-16 22:29 | 四国の郷愁宿 | Comments(0)

益田の奥座敷-大谷温泉・かじか荘

益田市街地から国道191号を少し山手に走り右側の脇道を走ること10分余り、細い谷間沿いにある大谷温泉。宿はかじか荘という1軒宿で、外観は石州瓦の母屋と奥の客室・浴室棟、後に増築したらしいRC造りの別館から構成されていた。

出張仕事での宿泊で、市街地のビジネスホテルに泊るのも殺風景かとの思いでここを選んだのだが、虹鱒の刺身をはじめとした手の込んだ料理は、ビジネスプランなる廉価な宿泊プランとしては大変豪勢に思えるものだった。市街地から近いにもかかわらず深山という趣に位置しており、ここを選択して良かったと思った。朝食時には作業着姿の客が数人見え、他にも仕事関係で宿泊をしている客がいるのを知った。

温泉は冷泉を加温しているとのことだが、特に外傷に効果があるとのことで客は多く、日帰り客も少なくない。当日は男女の大浴場1箇所ずつの利用であったが、他に貸切風呂などもあった。

新館には大きな宴会場もあって、壁には「大谷温泉小唄」なる歌詞が掲げられていた。団体客は少なくなったであろう今、少々寂れた雰囲気も感じられたがこうしてビジネス客や日帰り客の利用も得ながら続いてほしいものとの思いを抱いた。

しかし、最近この旅館が閉業されたとの情報を聞いた。
やはり団体で何とか持っていた宿なのだろうか。一軒宿というのは、継続が難しいものなのか。

大谷温泉小唄が歌われることも、もうないのだろうか。
(2017.10.10宿泊)

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# by mago_emon3000 | 2019-10-09 22:14 | 山陰の郷愁宿 | Comments(0)

素朴な銭湯も今は昔-海南・芦原温泉

和歌山市の郊外、海南市にある芦原温泉。越前の有名な温泉郷とは異なり、零細な銭湯である。
この頃はまだ温泉や銭湯といったことに興味は薄く、その日は車中泊の予定だったのでどこかで風呂に入れないかと探して見つけたものだった。それにしても、鄙びた渋い所を探りあてたものである。
浴室には地元の年配客が一人だけで、そもそも銭湯など前回何時入ったか記憶にも薄く、久々の銭湯独特のルールに少々戸惑いを覚えた。
この記事を書くのにちょっと調べると、残念ながら廃業されているようだ。番台の叔母さんとも少し話を交わしたが、いつまで続けられるかわからないといったようなことを言われていたような気がする。
(2011.08.13訪問)

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# by mago_emon3000 | 2019-10-07 21:42 | 近畿の浴場 | Comments(0)

外宮門前の象徴的旅館-山田館

伊勢神宮外宮門前街は、内宮のそれと比べると歴史的佇まいという点ではややその色合いが低い。
しかし一角には木造三階建の旅館建築があることで一帯を引き締めている。この山田館は大正初期創業の老舗で、奥には増築された近代的な棟もあるが、参道に面した部分は往時の佇まいを保っている。
古い町並や旅館を訪ねるのを趣味とするグループで泊ったもので、表の古い棟は今では余り客室として使われていないようだったが、ここを指定しての宿泊だった。部屋に入ると何だか傾いでいるようにも感じるが、それもこの建物が古いことの証だろう。
門前街として賑わいを極めた時代を語るものとして、建物としてはずっと残ってほしいものだ。
(2016.06.04宿泊)

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# by mago_emon3000 | 2019-10-03 22:45 | 東海・北陸の郷愁宿 | Comments(0)

幅広い利用客で賑わう-京都船岡温泉

京都は学生時代過した町ではあるが、当時は今のように古い町並やレトロといったことにも関心が薄かったため、改めて訪ねると懐かしさと同時に発見することがとても多い。
見方が変われば新たな発見だらけである。その一つが銭湯の多さだ。私はマンション住まいであったので銭湯とは無縁であったし、関心外のことだったのだろう。
京都西陣地区の北部にある「船岡温泉」。その名の通り船岡山の南に位置するが住んでいたところから比較的近いにもかかわらず当時は存在を知らなかった。温泉とあるが実際は銭湯である。しかし登録有形文化財に指定された京都では有名な銭湯であることを最近知り訪ねてみることにした。
銭湯といえば、地元の年配者が三々五々と集まり世間話をしつつといった光景が連想されるが、この船岡温泉は随分趣が異なっていた。まず入浴者の年齢層が低い。親子連れのほか学生と思しき若者も少なくない。学生の多い町といえ、今やというか私の時代から既に風呂無しのアパートに住む学生は少なかった。あえててここの物珍しさにひかれに定期的に通うのを楽しみにしているのだろうか。
そのようなことで、寂れた感じが全く無かった。建物も昔ながらのというよりは豪華なもので、それだけでも見る価値のあるものである。
今後も折を見て京都を再訪することになるだろうが、主目的の傍らでよいから銭湯にも入ってみようかと思っている。
(2017.09.02訪問)

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# by mago_emon3000 | 2019-09-29 22:20 | 近畿の浴場 | Comments(0)