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豪雨被害から再起を願いたいが・・-人吉温泉共同湯「新温泉」


城下町であると同時に温泉地としても知られる人吉市街地には共同湯も多く、その一つに「新温泉」がある。「新」とはいっても創業は昭和6年とか、人吉温泉はその歴史が昭和に入ってからということなので、当時としては新しい温泉施設だったのかもしれない。今では温泉ファンにはなかなか有名な共同湯だ。


当日私は温泉旅館を予約していたが、ネットの知人から以前より情報を得ていたこの浴場もぜひ訪れてみたいと思っていた。交通量も多い市街中心の通りから少し外れるだけの場所とはいえ、何ともいえぬ場末感といったものが感じられるのは不思議だ。この佇まいと看板のためだろうか。


訪ねた時は無人だったが常連さんのセットが10組以上あったので、にぎわうひと時もあるのだろう。壁にはレトロ感を増幅させる宣伝看板が掲げられており、年代物の体重計もある。


脱衣所と浴室がガラス張りとなっており開放的なのも特徴といえよう。浴槽は二槽あるのだが、源泉が投入されているのは片方のみで、しかもちょろちょろといった感じだった。女将さんによると、最近は高齢者施設などが温泉をくみ上げ、湧き出すがかなり減ってしまったとのこと。


しかし湯に漬かって感じられる浴室の風情は名状しがたいもので、丸くすり減った浴槽の縁、湯気に触れ続けふやけたようになったガラス戸の木材など、長年を経た風合いが全体から感じられる。ほぼ無音状態の中、湯温もやや低めであったこともあって少し長湯をした。

2017.06.09訪問)



気になるのが7月の豪雨による影響だ。人吉市街一帯が浸水し、この新温泉も甚しい被害を受けた。屋根のみを残し水没した様子がネットに流れているのを見て愕然とした。その後、共同湯としての継続を諦めたとの報も目にしたが、公式のものではないので真実のほどはわからない。しかし再開するにしても、相当の時間と費用が必要となるだろう。

再訪かなった時にはまたこの浴場でのひと時が訪れるよう、何とか願いたいものだが・・。



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新温泉の建物



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レトロな手製の広告看板 棚には常連さんのセットが



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脱衣所から浴室を見る



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反対に浴室から脱衣所方向を見る



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浴槽が2槽並ぶ浴室内 ただし湯が投入されているのは左側のみであった



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# by mago_emon3000 | 2020-08-13 16:24 | 九州の浴場 | Comments(0)

郊外地で孤軍奮闘―江南市・松里旅館

江南市は名古屋から名鉄の電車で20分ほどの距離にあり、郊外地だが意外にも古い町の姿も残り、古くは養蚕・製糸工業で大いに栄えた歴史を伝えている。

この町に古い旅館があるという情報を以前より得ており、昨年岐阜県での所用を機に泊る予定を立てていたが、事情で見送りとなり、今回改めて近隣の町並探訪を兼ねて予約した次第だ。

市街中心の南北二車線の道路から少し路地に入ったところにその「松里旅館」はあった。板塀が回された中に緑が見える小ざっぱりした外観の建物で、小さいながらも中庭を囲む造りは見ごたえを感じる。



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小さいながらも端正な中庭を持つ旅館の建物



客室は玄関から見て左側の棟にあり、案内された部屋は一番表に位置する最も良い部屋とのことだ。聞くと建物は80年以上前に長野県内からこの場所に移築されたとのことで驚く。それも一般の住宅であったという。旅館業は約60年前から始められたそうで、それまでは生糸商を営まれていたそうである。

食事は襖でつながっている隣の部屋に出すとのことだが、随分雰囲気が違うのはかつて応接室だったところだからだそうで、洋風の内装で屋根が高く壁とともに漆喰で塗り込められている。床面の高さが異なり、泊った部屋が一段高く上段の間のようになっているのはやはり格式高い部屋だったからだろうか。もともと住宅としては部屋が多かったのと、中庭を囲んだ造りであることで旅館に転向するに適していたとはいえ、こういったところにもともと旅館ではなく一般住居であったことが伝わる。

客層は企業関係の固定客が多いそうで、観光客はごく少なく連休などの多客期に犬山や明治村など近隣の観光地を訪れる客が少々ある程度という。

夕食は一般的な旅館のメニューとはいえ宿泊料を考えるとかなり豪勢に感じる。客層を考慮して料金を抑えているものと思うが、室料のみでこれ以上の料金設定のビジネスホテルはいくらでもある。中庭を眺めながらの食事は優雅に感じるものだった。窓を開けているため虫が入ってくるのが若干気になるが、網戸などを付けてしまっては無粋だろう。窓にはゆがみのある古いガラス窓がはめられていた。

旅館は大女将と女将(または女将と若女将?)の親子にて切り盛りされており、今は女将の息子さんも夏休みで帰ってこられているとのこと。市内には以前多くの旅館があったというが、現在はこの松里旅館のみで、またホテルも少ないためお話を聞いていると固定客を中心に割と安定しているように感じた。息子さんの代まで続けてほしいと伝えて旅館を後にした。

2020.07.18宿泊)


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廊下と中庭 泊った時は気付かなかったが一本物の長い梁が見事



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泊った部屋 10畳の角部屋であった



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隣の食事をした部屋はもと応接室で趣が異なっている




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泊った部屋と隣部屋は襖で仕切られているだけ 床の高さが異なっているのがわかる




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風呂の脱衣所の扉 その他昔の建具・意匠も随所に残されていた



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旅館の夕食としては標準的ながらも手作り感があり満足だった




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# by mago_emon3000 | 2020-07-24 10:53 | 東海・北陸の郷愁宿 | Comments(0)

元祖岩国寿司の宿―割烹旅館三原家



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割烹旅館三原家



岩国の古くからの町は、錦帯橋付近から東側に広がるもと城下町の町人町地区で、立派な商家の建物も所々に見られる。


そのような古い街区の一角にある「割烹旅館三原家」は、当地の郷土料理である岩国寿司を初めて藩主に献上したことからも知られる家で、300年にわたりその味を守り続けているとのことだ。今の御主人は8代目で、当初は今とは別の場所で料亭を営んでいたが5代目から旅館業をはじめ、6代目の時に今の位置で営業を始めたそうで、本館は築96年になるという。


玄関を入ると帳場から池のある中庭までが見渡され、その庭を見下ろすようにRC造りの新館が建っている。新館は本館と廊下と階段でつながっているが、各館の客室の在り方はこんなところにも部屋があるのかと思わせなかなか複雑な配置となっていた。


客室で特筆されるのが、美空ひばりさんも泊ったといわれる2階にある二間続きの部屋だ。この近くに以前芝居小屋があったそうで、講演に訪れた時泊ったのだという。もちろん本館で最も良い部屋だが、しばらく使っていないのだという。ここには掲載しないが立派な欄間が印象的で、格式を感じる部屋だった。


女将さんに本館を一通り案内してもらうと、二階には大広間もあり、今でもこの部屋でバスツアーなどの団体客に岩国寿司を出すことがあるのだそうだ。最大150名も収容可能という。広間横の廊下の佇まいは老舗旅館らしい格式を感じたが、築後ほとんど修繕をおこなっていないため色々と傷みがでているとも話されていた。


案内されたのは本館1階の14畳ほどの部屋で、室内の一角には岩国寿司を造る木製の箱も展示されていた。広く私だけが泊るには過分ではあったが、外が見えないのが少々残念だった。当日はもう一組、小さな子供を連れた親子連れの客があったが、こういった旅館としては珍しい客だろう。


もう一つ珍しいものというと風呂だろう。岩風呂ということで案内されたが、浴槽が昔ながらの鉄製で、女将さんいわくやはり美空ひばりさんも入浴されたのだという。ご主人の意向か、手を加えなかったことで建築当時の貴重な姿がそのまま残されており、民俗遺産のようにも思えた。


女将さんによると、旅館の前には昔駅があったのだという。詳しくは知らない様子だったがこの記事を起すにあたりネットで知り得た情報によると、昭和4年まで岩国駅前からここまで路面電車が伸びていたらしい。廃止されるまでの10年弱とはいえ、電車で訪れた観光客に真っ先に眼の触れる名旅館だったに違いない。

2020.06.20宿泊)



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入口及び玄関先の風景(2枚目左側の写真は岩国寿司を切る六代目の姿)



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案内された部屋には岩国寿司を造る箱が展示されていた





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部屋にあった温度・湿度計




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階段と二階の廊下回り




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鉄製の風呂桶が残る岩風呂


# by mago_emon3000 | 2020-07-04 16:30 | 山陽の郷愁宿 | Comments(0)

河鹿の鳴き声に包まれる山間の宿―美又温泉・みくにや旅館

島根県西部、現在は浜田市の一部となっている金城町の山間部にある美又温泉。この温泉街自体は以前訪ねたことがあり、小規模ながら昭和の温泉地を思わせるひなびた情緒を感じるところという印象だった。以前からどれかの旅館に泊りたいと思っていたところ、「みくにや旅館」が良いとの話をネットで聞き、前週末に予約を入れておいた。


川の流れに沿い細長く伸びる温泉街、その街路を挟んで「みくにや旅館」は川側に本館、反対側にRC造りの新館があり、私は本館の部屋に案内された。それは願ってもないことなのだが、新館も昭和中期頃のビル旅館らしい佇まいなので、そちらも見させてほしいというと、客室としては当分使っていないと断られた。掃除等もされていないのかもしれないし客に見せるべきではないと思われているようなので、それ以上要求はしなかった。

温泉街の中では大きな旅館で、新館を含めると収容力はかなりあるものと思われるが、当日の客は私一人であった。ご主人らしき人影も新館に見えたが、当日は女将さんのみで応対されていた。


明治期創業の老舗旅館ということだが、本館はおそらく昭和になって建て替えられ、さらにその後一度リニューアルされている様子であった。よって外観・内装ともに老舗らしい風格はあまり感じられない。しかし木製の階段、部屋の入口に貼られた部屋名、廊下や部屋のしつらえ、それらが一体となって昭和の温泉旅館らしい香りを放っている。

本館のみを手早く回って全体像を掴み、早速入浴。本日の客は私一人であったので、終始いわゆる独泉状態であった。日が長い時期なのでまだ外は昼のように明るく、川からは河鹿の鳴き声が聞こえる。何とも贅沢なひとときだ。湯はアルカリ性が高く、滑らかで非常に肌触りがよく、美人の湯と云われるのもわかる。


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川沿いの美又温泉街 屋根に「みくにや」の屋号が見える

意外といっては失礼だが、良かったのが夕食だった。古い旅館でありながら正直それなり以上の宿泊料だと思っていたものだが、料理が出てきて納得だった。大きなオコゼのから揚げをはじめ、浜田産の新鮮な刺身、和牛肉と新鮮な野菜の焼物などである。ただ、最近旅館の食事が多いと思うことが多くなった。年齢のこともあるが、ビールと地酒を頼み、普段は夜口にしない米飯もせっかく出てきたのに申し訳ないとの思いで食べるので、そうなるのだろう。


むろん夜寝る前と翌早朝も温泉に入り、湯にふやけた一泊ともなった。それにしても河鹿は夜遅くなっても鳴くものとは知らなかった。寝付けないほどやかましいわけではないし、これもこの宿での思い出の一つとなった。

2020.05.30宿泊)



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左側が新館、本館とは陸橋で結ばれる


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本館玄関先の様子



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廊下まわりの様子


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泊った部屋の様子 他にもう少しグレードが高く広い部屋もある(下)



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浴室 常時貸切り状態であった


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夕食と朝食



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渡り廊下から見る温泉街

# by mago_emon3000 | 2020-06-27 14:50 | 山陰の郷愁宿 | Comments(0)

文化財級の意匠がそのままに―日奈久温泉・柳屋旅館



「柳屋旅館」は「金波楼」と並び日奈久を代表する伝統的な温泉旅館である。創業は明治22年、約130年の歴史を誇る。日奈久温泉というと「金波楼」の方が一般には有名で、建物の見映えも良いのだが、歴史はこちらの方が古い。それに温泉街の入り口正面の一等地に立地している。しかし、宿泊料金は金波楼の約半分(当時)である。

まず建物を外から見たときに眼につくのが中央にある洋風?の部分だ。正面に屋号が記されているのでここが玄関だったのかとも思うが、宿の方に聞いてみても明確な答えは得られなかった。二棟の主屋の間に位置しており、何らかの理由で増設されたものかもしれない。少し余談だが宿を後にするとき、この主屋の下を水路(暗渠)が横断していると聞いた。今では許されない構造だろうが、何らかの理由でそうせざるを得なかったのだろうか。

館内を一通り巡って特徴的なのが、まず浴場が主屋裏の中庭的なところの離れにあることだ。しかし内部は岩風呂風ではあるが取り立てて立派な浴場と云うわけではなくシンプルな造りだ。しかし新鮮な湯が常時掛け流され、それを独占できるのは何とも言えぬひとときであった。

外観、そして館内を通して強く感じるのは、伝統的な宿にもかかわらず全く外向きな色がないことである。それが実はこの旅館の最大の特徴なのかもしれない。近くにある金波楼と無意識にも対比してしまうからその思いが強くなってしまうのかもしれないが、とにかく着飾った色は皆無で、悪くいえば放置された雰囲気である。設備云々という方には向かないかもしれないが、そこがまたある意味魅力といえるだろう。

しかし老舗旅館としてのこだわりは各所に残されている。格式ある「ぎぼし」調の意匠のある木製の階段、廊下も格式を感じ、そして各部屋の障子にも凝った意匠が見られる。船や波をかたどったものなど様々で、各々の客室ですべて違うようだった。この時は同好者の集まりによる宿泊で、夕食は広間でいただいたのだがここも折り上げ式の天井など唸らせるものがあった。

熊本地震の発生から1年少し経った頃の宿泊で、宿の方の話によると玄関が開かなくなったり壁に損傷が生じたり被害があったという。温泉街全体も活気がないと聞く。魅力的な町並も残されているだけに、この旅館ともども長く生き永らえ旅人を迎え続けていただきたいものだ。
(2017.06.09宿泊)



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柳屋旅館の正面外観 中央に洋風の建屋部分がある また主屋が水路を跨いでいるのがわかる



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浴室棟は渡り廊下を伝っていく



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階段や廊下には手つかずの良さといったものが残される




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障子の意匠は各部屋ごとに異なっていた




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大広間の折り上げ天井と欄間

# by mago_emon3000 | 2020-06-06 16:07 | 九州の郷愁宿 | Comments(0)