浜田市は深く入り組んだ湾の奥に城が構えられ、その城下町として町が造られたところである。漁業も盛んで、石見地方を代表する町として発展を続けてきた。
市街中心部、浜田川左岸一帯には城下町を想起させる京町、紺屋町などの町名が見られ、古い町並や繁華街などが展開している。その一角、浜田川に面した所に今回泊る「津茂谷旅館」がある。
旅館建物は三棟が連なった形となっており、対岸から見るとその様子がよくわかる。最も下流側に他より一段屋根の立ち上がりが低く小柄な二階屋、それに次いで二棟の二階建が連なり、下流端の建物に正面玄関がある。屋根は下流端(以後、受付棟)が石見系の赤瓦で、その他は銀瓦だ。
16時半頃玄関を潜ると意外と若い男性(30代位?)が出て来られ、部屋や風呂場などを手際よく案内していただいた。ロビーを抜けるとまず階段を上って客室棟二階に向う構造となっており、奥の客室棟一階部にある客室や風呂場もそこを経由するようになっていた。詳しく聞かなかったので違っているかもしれないが少々ユニークではある。
案内された部屋は中央の棟、川に面し、対岸は市役所など官庁地区となっておりやや殺風景だがそのような地区に明治・大正期そのままの姿で旅館が現役で営業されているのは稀有なことといってよいだろう。
各棟は屋内で一体化しているのだが、廊下に段差や階段があることで建物の違いを知る。ちなみに受付棟が最も古く築120年とのことで、その約10・20年後に上流側に建増ししたのだという。改装のためそのような古い建物とは感じないのだが、目を細部に向けるとあちこちに長い年月を感じるものがある。その一つが所々に置かれた昔ながらの家具だ。調度品や装飾品も適度に配置されていて、大切に扱われていたことがわかる。奥の棟の客室に降りて見ると、そちらにも玄関があった。かつては別々の受付だったか?色々想像させるものがあった。
この旅館では夕食は提供されないが朝食はいただくことができる。希望の時間に受付棟の食堂に向うと、案外広い厨房があり、女将さんと思われる女性と最初に応対された男性が準備をされていた。丁寧に手づくりされた品々で、この朝食も宿の名物と言えるだろう。
宿を出る前少し女将さんとお話することができたので尋ねると、やはり男性は息子さんとのこと。ご主人の姿は見えなかったが、家族のみで経営の小規模宿だから続けられているのだろうと思った。女将さんによると、付近は以前賑やかな町の中心で、他にも複数の旅館があったという。
旅館のHPを見ると、その冒頭に「やどらしくない宿」とある。それは家族経営で一般家庭のような味わいを指しているようで、リピート客も多くいるに違いない。朝食付きで一般的なビジネスホテルの素泊りよりも安価な値段であるので、利用価値が十分あると感じた。
風呂場や御手洗いは新しく更新されているので、快適に過ごすことが出来る。それらが古いままというのも個人的には魅力があるものと思うが、衛生面にもかかわる場所であり、不満に感じる御客も少なくないだろう。これは私も賛同したいところだ。
(2024.03.23宿泊)
浜田川対岸から見た津茂谷旅館
手前から受付棟、二棟の客室棟
改装された玄関回り
客室へはこの階段で向う
泊った客室
柱の継ぎ跡
棟境の階段
最上流部の客室棟
最上流部の客室棟玄関
廊下の一角には古い箪笥が
朝食会場と手作りの朝食
# by mago_emon3000 | 2024-04-07 14:01 | 山陰の郷愁宿 | Comments(0)