泊った別館の外観
出雲地方の中央部に位置する木次の町。奥出雲地域を後背地に持ち、物資の中継地や産業町として発展した所だ。桜の名所としても知られる斐伊川の堤防上からは昔からの町並が連なっているのが見える。
「天野館」はそんな古い町並の一角にある。街路を挟んで川側の本館、山側の別館からなり、本館は奥行き深く堤防下の道路まで敷地が延びている。街路側から見ると、両館とも豪華さこそないが老舗旅館らしい格式ある外観を見せている。旅館はもと魚商だったというが明治24年に旅館業を創業、本館は当時からの建物で、別館は大正初期に建てられたという。
予約の際すでに何組か客があるとの情報だったので、旅館建物を一通り見たいとの思いで15時には向かうと伝えておいた。到着すると50代後半くらいと思われるご主人が出て来られ案内を始めた。以前の宿泊情報では高齢のご主人ということだったが代替わりされたようだ(案内を一通り受けた後、本館玄関付近に元のご主人が座っておられるのを見たので、軽く挨拶しておいた)。
案内されたのは別館で、こちらは他の客はなく1階の部屋は自由に使ってよいとのこと。メインの奥の部屋からは立派な日本庭園が見え、手前の座敷、玄関横のテーブルが置かれた部屋、更に廊下の奥まったところには茶室まである。これらが貸切とは何とも贅沢ではないか。
そのまま別館二階を案内いただくことになった。古びた階段を昇った先には更に豪華な意匠の座敷が構えられていた。迫力を感じる床の間、床柱も1本ずつ異なる木材が使われている。奥の座敷はまた違った重厚さを感じる空間だった。木彫りの透かしの見事な障子、欄間など和室の基本的なしつらえが手を抜くことなく、それぞれにこだわりを見せていた。広縁から見える庭園は1階から見るのとはまた異なった趣がある。背後に山裾が迫り、良い借景にもなっている。見ると少し小高いところに離れの茶室があった。
その後本館も一通り案内していただいたのだが、率直には別館の方が建てられた当時そのままの状態で見応えがあると感じた。伝統的な部分は保ちつつ今のお客に見合った形にしようと努力されている様子が見えた。例えばセキュリティー対策で鍵付きの襖を導入されていたが、ご主人によると1枚10万ほどかかるということで、様子を見ながら少しずつ改修しているということだった。予約があればまず設備更新されつつある本館に案内されるようで、遅めの予約だった私は幸いにも?別館一棟貸し状態の恩恵を受けたようだ。
食事は2名以上の客で希望があれば、または食事を希望する客が計2名以上あれば提供するそうだが、当日は他に誰も食事を希望する客はなかったようで、提供できないということだった。町中には小さな居酒屋が何軒かあるのでそれも良かろうと思っていたが、玄関横のテーブルの部屋で映画「砂の器」が観られるとのこと。何でもロケの際、この旅館が宿舎に使われたのだそうである。それではとスーパーで名物焼き鯖をはじめ地元産らしい惣菜を何点か買い、地酒とともにそのDVDを見ながら頂くことにした。部屋呑みの雰囲気はなかなか良く、これまでの旅館泊ではあまり味わったことのない宿泊内容となった。
翌朝早く庭園に降りて見ると、池を囲う緑が美しく、それらを通して私の泊っている客室と茶室が見通せた。広い庭ではないが、この手入れだけでも結構な手間と費用が掛かるものと思う。
ご主人によると、この近くにホテルを新設するという計画があるとのこと。現場関係者や商用客の利用もあるとのことだがそれらはホテルに流れてしまうかもしれない。しかし、仕事で古い旅館に何度か泊ったことのある私も実感があるのだが、当館のような料金設定が低めの旅館で食事付きにすると、ホテル泊で外食するよりお得に泊れることが多い。最近は旅館に泊ることを目的に訪れる客も少なくないという。そういったところに活路を見出して、末永く続いてほしいものだ。
(2022.06.04宿泊)
別館一階のメインの部屋(案内された部屋)
案内された部屋の続き間
別館一階の茶室



別館二階の部屋
別館一階から見る庭園
庭園より別館を望む

別館二階に向う階段


本館の外観と玄関回り
本館二階の部屋


# by mago_emon3000 | 2022-07-03 10:20 | 山陰の郷愁宿 | Comments(0)