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宮津の旧市街地に建つ木造三階旅館―茶六本館

「茶六本館」は京都府丹後地方の中心的な町のひとつ、宮津市の古い町並の中にある木造三階建の旅館だ。旅館の建物自身が古い町並景観に貢献していて、なおかつ格式を感じさせるたたずまいだ。
創業は享保年間というが、さすがに現在の建物は昭和に入って改築されたものとのこと。しかし宮津は「縞の財布が空になる」とも云われたほどの繁華な港町で、旅館も古くから多く存在したに違いない。
内部は期待からすると案外現代風に改装されており、私にとってはそれは不満要素にもなり得る。しかし、古さを活かしながら現代客に不満のないように整え、迎え入れているのは敬意に値しよう。当日の宿泊客はフランス人らしいグループ客、年配のご夫婦などであり、珍奇な客は私のみのようだった。
旅館は宮津温泉をも名乗っており、掘削したものだろうが浴感のある湯だった。しかし、かつては天橋立観光の客の多くはこの宮津市街に泊っていたというが、近年は橋立の周囲に大きな旅館が多数出来、古い市街地に泊まる客が少なくなって寂れてしまったと女将さんは言っておられた。
なお、外観は格式あるように見えるものの、宿泊料金はビジネスホテル並の手軽な値段で泊ることができる。
(2016.11.12宿泊)


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木造三階の格式ある外観の茶六本館

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# by mago_emon3000 | 2020-02-17 23:16 | 近畿の郷愁宿 | Comments(0)

谷あいの小さな温泉街にある湯治的宿―川内高城温泉・梅屋旅館

川内市内から北に10kmほどにある川内高城温泉は、温泉地の多さでは屈指の鹿児島県にあって、とりわけ風情ある温泉街を残していると紹介されているのを見た。全く知らなかった温泉場である。
中でも佇まいに風情を感じる「梅屋旅館」を予約しておいた。温泉街のほぼ中心に位置し、正面壁に赤く記された屋号がまた良い味を醸している。建物は築120年とのこと。
訪ねた当初は日帰り客で温泉街は意外と賑わっており、鄙びたというのとはやや印象が異なっていたものの、日が落ちるにつれ客の出入りも少なくなり、家並の軒下には灯がともされ、そこから先の風情は宿泊者の特権といえるだろう。それを味わうには最適の宿といえる。

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川内高城温泉の町並 右が梅屋旅館


小ぶりな宿だが奥行は意外と深く、玄関から細長い廊下を辿ると左側に浴室がある。2階に上がると5・6部屋は客室があった。案内された部屋は6畳ほどでコタツが置かれ、物干し用のロープもあるなど長期宿泊・湯治向きの仕様だ。一角には炊事場もあるが、女将さんによると今では湯治客は少なく、1泊のみの個人客がほとんどとのこと。しかし大きな冷蔵庫が何台もあり、少し歩いたところには商店もあって食料も仕入れることができ、逗留するには全く不自由しない。当日は他に若い男性の客があるだけだった。
館内を少し歩くと、そのほかにも現在は使われていない様子だが客室があって50人くらいは泊まれると思われた。そして驚いたのが一階奥にあった大広間だ。緞帳が掛かった立派な舞台もあって、宴会や催しが行われていたのだろう。そういえば私の泊った部屋は二間続きを仕切ったものらしく、隣に回ると立派な欄間が残っているのが見えた。かつては団体客や上客の泊りもあったのかもしれない。

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玄関の様子

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深い奥行きを感じさせる長い廊下 左に浴室 階段を上ると客室がある

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泊った部屋

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隣の部屋には立派な欄間があった

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大広間


浴室は4~5人定員といったところで、この手の旅館ではこんなシンプルな造りが好ましい。滑らかな肌触りと軽い硫黄の香のする良い湯であった。
日帰り客は入れ替わり訪れ、女将さんに軽く声をかけるだけで入りそのまま後にする姿もあった。宿泊客より常連客を中心とした日帰り客が主体で、この宿を底支えしているように感じた。
夕方と早朝の2回入ったが、朝は6時からということで15分ほど過ぎて向かったところ、早くも3人ほどの先客が脱衣場で湯上りの様子だった。泊り客ではないようで、一番風呂に来るのを習慣にしている地元の人のようだった。
(2020.01.03宿泊)

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浴室と温泉の成分表 昭和35年の文字が見える



# by mago_emon3000 | 2020-02-02 16:03 | 九州の郷愁宿 | Comments(0)

市比野温泉の鄙びた共同湯-丸山温泉

市比野温泉は薩摩の奥座敷ともいわれるそうで、大型温泉旅館も見られるが私はそちらには興味を覚えることはない。町並探訪とともに、ふとしたことで知った鄙びた日帰り湯「丸山温泉」に入湯してみようという目的でここを訪ねた。
町の中心には城後川という川が流れ、左岸側が古い商店街や温泉旅館のあるエリアだ。
肝心のその丸山温泉を橋のたもとから見ると、正直なところ本当に営業しているのかと思わせるような外観である。しかし屋上には「宿泊・休憩・自炊」といった文字が屋上に見られる。もとは旅館だったのか。確認はできなかったが、今でも宿泊客を受け入れているのかもしれない。
浴室棟のそばに受付棟があり150円を払うと、至ってシンプルな脱衣場と浴場が迎えてくれた。しかし橋の上から見たイメージとは異なって、清掃も行き届き入り心地のよい湯であった。丸く縁取りされたタイル貼りの浴槽はなかなかレトロ感もあった。
午後浅い時間帯ではあったが、入れ替わり立ち代わり地元の客や遠方からと思われる客もあって案外賑わいを見せていた。地元客の一人と少しお話したところによると、温泉街には他に2つの共同湯はあるが、外部の団体により運営され昼時間はやってないとのことで、ここが一番落ち着くと言っておられた。
アルカリ単純温泉で肌触りが滑らかで、少し熱めの湯は冬場の立ち寄り湯に適していた。川に向っては全面窓になっており、浴室内は明るい。
地元の方々はこんな素朴で良質な昼風呂に低料金で気軽に入れるとは、なんとも贅沢なものである。
(2020.01.03訪問)

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川沿いにある浴室棟 屋上の看板に丸山温泉、旅館 宿泊といった色褪せた文字が見える

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橋のたもとの駐車場わきには素朴な手書きの看板が


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受付棟 奥が浴室となっている


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シンプルながらタイル貼りのなかなかレトロ感のある浴室(ネットより拝借)



# by mago_emon3000 | 2020-01-19 22:51 | 九州の浴場 | Comments(0)

津山・旅館お多福

津山市周辺へ出張ということで、そういえば市内には結構古い旅館があったと思い色々調べていると、素泊り5000円前後で気軽に泊まれる旅館が数軒あった。その中で伝統的構えでこじんまりした「お多福」という旅館を2泊予約した。
当日訪ねると、以前は周辺にも数軒の旅館が並んでいた界隈だったが、営業されているのはこの「お多福」だけになっているようだ。当日は花火大会の開催日だったからか、他に5・6名ほどのアジア系旅行者グループの客があった。
宿は昭和3年創業とのこと。旅館名が毛筆体で記されたガラス戸を開けると、柱時計に屏風絵、水墨画の掛け軸などいかにも古い旅館の玄関といった光景に迎えられる。「津山第七號 料理屋」との木製標識もある。廊下の古い鏡には「麺類御料理 お多福」との文字もあった。今は素泊り中心のようだが、もとは料理旅館だったらしい。
案内されたのは2回のこじんまりした部屋で、畳も入れ替えられ清掃も行き届いており、このような姿勢には好感を抱く。玄関や共通のスペースは古い造作を表に出しながらも、客の過ごす箇所は新しくし快適に過ごせるようとの配慮だ。部屋は小さな中庭を囲んで配されているのも印象的だった。
後でネットで知ったことだが、この旅館には郷土の偉人の書や絵画などが多く保管されているとのことで、なるほど廊下などにも額縁や掛軸などがあちこちに見られ、それだけでも貴重性が高い。ご夫婦で経営されているようで、ぜひとも末永く続けてほしいものだ。
(2018.08.05宿泊)

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旅館お多福の外観


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玄関をくぐると大きな柱時計がまず目につく 料理屋の標識や刀置きもある


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部屋の様子


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館内のあちこちに地元の偉人のものといわれる絵画や書が飾られていた


# by mago_emon3000 | 2020-01-13 16:54 | 山陽の郷愁宿 | Comments(0)

子供の頃に泊まった記憶は余りなかったがー温泉津温泉・ますや旅館

古くは大森銀山の銀の積出し港として、そして温泉地として古い歴史を持つ温泉津。近代的な建物はほとんどなく、鄙びた温泉場というにふさわしい佇まいを残している。
そんな一角にますや旅館がある。創業明治43年、もとは廻船問屋を営み船員の宿泊を受けていたことが始まりという。外観こそ改装されているが増築を重ねたらしい複雑な配置の棟構えで、表構えからは想像しにくい広い敷地を持っており、老舗旅館というにふさわしいものであった。
この旅館には小学3・4年の頃泊まったことがあるのだが、その時の海水浴の情景はよく覚えているものの、子供にはこのような旅館は興味を抱くはずもなく、旅館の記憶は余りなかった。
(2014.05.31宿泊)

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ますや旅館外観

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新旧の棟に複雑に囲まれ中庭を持つ


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当日夕食の献立書







# by mago_emon3000 | 2019-12-30 14:51 | 山陰の郷愁宿 | Comments(0)