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幅広い利用客で賑わう-京都船岡温泉

京都は学生時代過した町ではあるが、当時は今のように古い町並やレトロといったことにも関心が薄かったため、改めて訪ねると懐かしさと同時に発見することがとても多い。
見方が変われば新たな発見だらけである。その一つが銭湯の多さだ。私はマンション住まいであったので銭湯とは無縁であったし、関心外のことだったのだろう。
京都西陣地区の北部にある「船岡温泉」。その名の通り船岡山の南に位置するが住んでいたところから比較的近いにもかかわらず当時は存在を知らなかった。温泉とあるが実際は銭湯である。しかし登録有形文化財に指定された京都では有名な銭湯であることを最近知り訪ねてみることにした。
銭湯といえば、地元の年配者が三々五々と集まり世間話をしつつといった光景が連想されるが、この船岡温泉は随分趣が異なっていた。まず入浴者の年齢層が低い。親子連れのほか学生と思しき若者も少なくない。学生の多い町といえ、今やというか私の時代から既に風呂無しのアパートに住む学生は少なかった。あえててここの物珍しさにひかれに定期的に通うのを楽しみにしているのだろうか。
そのようなことで、寂れた感じが全く無かった。建物も昔ながらのというよりは豪華なもので、それだけでも見る価値のあるものである。
今後も折を見て京都を再訪することになるだろうが、主目的の傍らでよいから銭湯にも入ってみようかと思っている。
(2017.09.02訪問)

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by mago_emon3000 | 2019-09-29 22:20 | 近畿の浴場 | Comments(0)

街道港双方の客を受入れて-備前片上・ゑびすや荒木旅館(2)

「ゑびすや荒木旅館」続いてはレトロさや個性に満ちた館内の様々な風景を。

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大広間の外廊下には電話室が 四番なのでかなり初期に電話が引かれた様子

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電話室には番号表も残る

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大広間の外廊下には応接室が


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泊った部屋は最近リニューアルされたらしく古さは感じなかった 
しかし屋根は建築当時の屋久杉の板なのだそう


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庭や玄関先には備前焼の置物が多く それぞれオリジナル作品で貴重品という


この旅館、なんとか現状を維持しつつ延命したいといった宿も多い中で意欲的な経営スタイルを感じた。まず私が泊った翌週から風呂場をリニューアルされる予定とのこと。
私などは単純に古いものが残っている方が満足なのだが、歴史の点描を残しつつ現代の客にも対応させるというのが、古い旅館が永らえるには必須のことと思う。
女将さんもまだまだお若い方なので、エネルギッシュに展開してもらいたい。今後が楽しみな旅館である。

by mago_emon3000 | 2019-09-23 20:33 | 山陽の郷愁宿 | Comments(0)

街道港双方の客を受入れて-備前片上・ゑびすや荒木旅館(1)

備前市の中心街の一つ・片上地区は江戸時代山陽道が通り宿駅が設けられ、また海にも面するところで港が発達し、美作方面の物資もここから積み出されていた。
残念ながら町並からは余り歴史を感じることはできない状態で、旅館もほとんどが止められている。その中にあってこの「ゑびすや荒木旅館」は安政3(1856)創業、街道を行く客そして港から上下船する客、海運関係など多くの客を受入れてきた。
旅館の隣が更地となっており、鰻の寝床状の奥行深い敷地が確認できるが、正面から見るといかにも地味な外観で、普通の住宅のようである。しかし玄関を抜けると長い廊下が伸び、土蔵のある中庭、そして客室棟と続く。増改築を経ているのか複雑な構造となっており、むろん写真に全体像を収めることはできない。
客室棟の裏側には小さな玄関がある。そこにも屋号が記され、ここから訪ねてくる客もあるのだという。これは恐らく、港からの客を迎え入れていた名残なのだろう。事実今でこそ海岸線まで少し距離があるが、かつては裏手から海が近かったとのことだ。このことからも陸海双方の客を迎え入れていたことがわかる。

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ゑびすや荒木旅館の正面玄関(旧山陽道側)

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奥行が深く複雑な建て方となっている

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土蔵のある中庭 玄関からはかなり奥に位置する

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裏手の玄関 港からの客に対応か?

現在旅館は女将と大女将とで切り盛りされているようだ。旅館の古い時代のことを大女将から色々説明を受けている中で驚いたものの一つが、二階部の大広間で昭和の有名歌手による、今で言うディナーショーが行われたということだ。
この広間は現在に至っても様々な集まりなどでよく利用されているとのこと。たまたま近くにそのような施設が少ないからかもしれないが、それもこの旅館が営業を続けられている理由だろう。
料理屋としても需要が少なからずあるようだ。

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二階の大広間 旅館の規模からしてもかなりの広さだ

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舞台の隅のこのスペース 芸妓がここで三味線などを弾いていたという

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館内各所で歴史そして珍しさを感じるものはまだ沢山あるが、長くなるので一旦ここまでとしまた改めて掲載する。
(2019.07.13宿泊)

by mago_emon3000 | 2019-09-21 15:59 | 山陽の郷愁宿 | Comments(0)

労働者の湯?岐阜・松乃湯

岐阜駅から南へ1kmほど、かつては城下町であった加納地区の一角に松乃湯という銭湯があるという情報を得た。折しも当日は真夏を思わせるような暑い日で、探訪が一段落し汗を流したいという思惑からも一致し、訪ねてみることにした。
外観は地味でその分昭和レトロ感がある。内部は更にそれを強く感じさせ、年季の入った木製ロッカー、大鏡に記された店舗の文字、そして浴室も総タイルの見事なもので、もはや文化財的価値があると思う。
番台にどっかと坐るご主人によると、作業員などの固定客が結構居るとのこと。入ったのは開館後間もない午後であったが、それでも結構な客で賑わっていた。
(2019.05.26訪問)

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by mago_emon3000 | 2019-09-19 23:23 | 東海・北陸の浴場 | Comments(0)

一人客も大切にする名女将の旅館-人吉旅館

人吉は球磨川沿いに構えられた城のもとに開かれた城下町であり、私にとっては球磨焼酎も魅力的なところである。また温泉地でもあり魅力的な温泉旅館、共同浴場も多数あるところである。
球磨川の流れに接するところにある人吉旅館(昭和9年創業)。温泉地としてはそれほど古くはないがその中では老舗で登録有形文化財に指定されている。
建物内は木質感が高く、意匠の隅々に気品が感じられしかも長年の清掃や手入れにより深い光沢を放っている。これは経年による貫禄といえ、高級旅館と銘打っても築年数が浅くてはかもし出せないものである。宿泊費も高額ではなく、比較的手軽に泊る事ができるのも魅力だ。
魅力はこれだけではなかった。一人客の私にも夕食の一品一品について女将による直々の説明があった。まあ当日は宿泊客が少なかったからかもしれないが、この旅館には鮎釣をする客が何連泊もするなどとも聞き、一人客・個人客を大事にする宿であるのを感じた。
私がこの旅館に泊ることになったきっかけは、翌日に予定されていた県内の会合に先立ってせっかくだからどこか良さそうな旅館に前泊してから参加できないかなと探して選んだものだったが、まさにそれに相応しい宿泊となったのを感じた。
人吉を訪ねるなら、ここに泊ってほしいとお勧めしたい。
大浴場は朝夕とも独泉状態だった。夕方には市街地の片隅にあるレトロ感溢れる共同浴場にも入ったので、肌触りの良い人吉の湯に入り浸った訪問でもあった。
(2017.06.09宿泊)

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by mago_emon3000 | 2019-09-16 20:20 | 九州の郷愁宿 | Comments(0)

ビル型宿の傍らでー湯田中温泉・まるか旅館

湯田中温泉は長野電鉄の終点からすぐに温泉街が始まっており、交通至便なところである。しかし、その東側の谷あいに展開する渋温泉郷にやや圧される形で、意外に静かな雰囲気の温泉地となっている。
ただ歩いていると大型のビル型旅館が多いとあって今ひとつ風情には乏しいというのが正直な印象だった。
しかしこの時泊った「まるか旅館」は温泉街の東部、静かに佇む風情ある旅館で、格式と伝統がある老舗というほどではなかったが昭和の温泉旅館という感触で実に落着くことが出来た。
階段の急さ狭さには、年月を重ねた風情が感じられた。

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浴場は何度撮っても湯気が凄まじく、上手く伝えられないが熱く切れ味があり、外は雪景色の折よく温まった。
3回は入ったが常に独泉状態だった。
(2012.01.02宿泊)


by mago_emon3000 | 2019-09-12 23:13 | 関東・信越の郷愁宿 | Comments(0)

秩父・だいます旅館

秩父市内は町の規模からして宿泊施設が少ないというイメージを受けた。駅前を見渡してもホテル1軒といったところ。池袋から西武線で簡単にアクセスできる所であり、泊る需要が少ないからだろう。
泊ったこの「だいます旅館」は秩父街道から荒川に向って少し坂を下ったところにある。
宿の人は百年になりますね、と仰っていたがそんな老舗には全く見えない外観であり、内装である。宿の歴史の古さは大いに誇ってよいところのはずだがそれを感じさせない。階段や窓を見ると古い旅館であることが伝わってくるが、宿の人はそんなところは隠したいのだろうし、一般の客はそんな部分は求めやしない。
私はそれらを見つけて、密かに風情を感じつつ泊った。
(2018.06.08宿泊)

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by mago_emon3000 | 2019-09-08 22:58 | 関東・信越の郷愁宿 | Comments(0)

入浴していると外から町内放送が聞こえてきた-金田一温泉・仙養館

岩手県の最北端に位置する金田一温泉。温泉街は形成せず、旅館が散在するのみのやや寂しい温泉地である。
建物の外観としては風情を感じる要素は少ない、新しさはないがどちらかというと平凡な昭和的温泉旅館である。
春の連休時期とはいえ宿泊客は少なかった。しかし館内を見ると50人は収容できる舞台を持つ大広間もあるなど、以前は大いに需要があった旅館であったことを感じさせた。
円形の浴槽の大浴場は無人で、入っていると夕方の町内放送が音楽とともに聞こえてきた。なんとも郷愁を感じるひとときだった。
この旅館は数ヶ月も前から宿泊サイトよりネット予約し、その後早期に宿泊日の変更をしたのだが、それが旅館に伝わってなかったようで、切り盛りされているらしい年配女性は少しアタフタされていた。まあ食事の準備も含め、問題なかったようで事なきを得たが。何しろサイト運営側とこの旅館とはオンラインではなくFAXでのやり取りなのだそうで、不手際も起りがちなのだろう。
この様な旅館はそういうアナログ的な手続きが噛んでいることもあることを、今後は意識しておかなくてはならないと思った。
ついネットを使ってしまうが、このような旅館では選ぶ段階はネットでも実予約は直手したほうが良さそうである。
後日、女将さんから直筆(達筆)のおわびの葉書が届いた。
こういうのも、余り体験することのなさそうな貴重な体験だった。
(2018.04.28宿泊)

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大宴会もできる大広間 豪華な緞帳のさがる舞台も

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円形の浴槽を持つ大浴場

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by mago_emon3000 | 2019-09-04 22:46 | 北海道・東北の郷愁宿 | Comments(0)

間欠冷泉のある珍しい温泉-木部谷温泉松乃湯

島根県南西端に位置する吉賀町旧柿木村地区。ここに珍しい間欠泉を持つ温泉があるという情報を得て訪ねた。
松乃湯という施設のみだが宿泊もできるようでその他にも入浴客用の休憩所や食堂もあるなど意外と本格的な施設だった。
温泉とはいえ源泉は冷泉で、茶色い湯で満たされており入浴者が自らボイラーのスイッチを操作して湯加減するという野趣あふれるもの。しかしお昼の時間帯だったとはいえ結構お客さんは途切れず、成分の強い湯は地元の方々に愛されているようだ。
この湯の源を辿ると、少し小高いところにその間欠泉がある。30分に1回程度、勢いよく冷泉が湧き上がるのだそうだ。間欠泉というと水蒸気の力による熱泉が普通だが、ここは豊富に含まれる炭酸ガスが噴出の動力になっているとのこと。浴場の湯が茶色いのは多くの鉄分を含むためで、空気に触れると鉄錆色に変化する。
しばらく待っていると1mほどの高さに吹き上がる間欠泉が始まった。むろん初めて見るものであった。ここに来ると温泉というのは地下の底知れぬエネルギーの成果であることを改めて知ることができる。
(2019.05.04訪問)

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一軒宿の松乃湯。日帰り客が主体で訪問客が絶えない

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間欠泉からは定期的に勢い良く鉄分を多く含む源泉が噴出される

by mago_emon3000 | 2019-09-02 23:17 | 山陰の浴場 | Comments(0)

遍路の宿-御荘・山代屋旅館

愛媛県の最南端、御荘にある山代屋旅館。
大正元年創業とあるから100年は超えている古い旅館である。第四十番札所観自在寺にも程近く、客の8割は遍路客であるという。
建物は玄関のある棟に続き、別棟があるがそれぞれ二階部が客室になっているようだ。奥の棟の一階が広間と浴室になっており、食事はここで供され団体客にも対応した造りになっていた。
玄関周りは老舗旅館の風情を感じさせたが、奥の棟を中心にどちらかというと日本○○宿紀行とかいうシリーズに出てきそうな部類の、全体的に昭和を感じさせる雰囲気だった。
何やら窓の外から人影と話し声が聞こえると思い、細めに開けると外は物干し場だった。

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山代屋旅館。二棟が連結した構造を呈し二階部が客室となっている

四国では遍路客のおかげでこのような旅館が生き残り易い側面があるに違いないが、72歳というご主人曰く後継者がなくいつまで続けられるかわからないとのこと。
玄関に旅行業登録証があったのでおやと思ったが、ご主人は広島で大手旅行会社の支店長を長年勤められていたとのことで、私もその業界に在籍したこともある身であるのでそうした面でも思わず話が弾んだ。退職後、実家の旅館経営を引継ぎ、旅行業も細々とやられている由。
このような旅館を敬遠される客も多いだろうが遍路客、常連客もいるようで、お客は途切れずある程度は繁盛しているようにも見えた。それなのに後継者がなく宿を閉じるしかないというのは、残念な限りである。
少しでも長く続いてほしいと思いながら後にした。
(2019.08.11宿泊)

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by mago_emon3000 | 2019-09-01 21:14 | 四国の郷愁宿 | Comments(0)