駅の開業とともに―田布施・友末旅館

田布施駅方面から見た友末旅館
柳井から山陽本線で下関寄りに一駅の位置にある田布施町は田園地帯の中に市街地が展開し、一部に立派な商家建築などで構成された古い町並も見られる。
その旧市街地から少し西に外れた位置にある田布施駅前に、いかにも駅前旅館といった風情で営業されている旅館がある。本日はこの「友末旅館」を予約している。
唐破風が格式を感じさせる玄関をくぐると40代くらいの御主人が出て来られた。まず私の目に留ったのが真正面に見える二階への階段だ。廊下の途中や奥から二階へ向う構造が一般的だろうが、この階段は誰の目にも特徴的なものとして映るだろう。
この階段の話から伝統的な旅館に泊るのが好きだとお話しすると、ただ古いだけですがと恐縮されながら宿の歴史も少し聞くことが出来た。田布施駅の開業に合わせて営業を始めたとのことで、駅は明治30(1897)年開業であるから、同時であれば創業130年近くになる。内装は手が加えられているものの、建物自体は当時のままなのだそうだ。なお、二階への階段は戦後になって設置されたという。しかし、擬宝珠調の飾り物もある立派なもので、年代は違えども光沢を放っている。
階段を昇って右手の6畳の部屋に案内された。シンプルな部屋だが意外にもベッドが置かれている。宿泊客用の部屋は2階の6部屋ほどだが、客を入れているのはその半分のようだった。物置等に使われている部屋もあり、それらを紹介しながら恐縮されていたが、こちらも余り見られたくない場所まで見せてくれたご主人に何だか申し訳ない気持だった。以前は地域の集まり等での会合も盛んに行われていたといい、その名残の広間も見たがそちらも使用されていない模様だった。しかし、正面側の部屋などは立派な欄間や床の間もあり格式を感じられるものであった。
この旅館は最近ランチに力を入れて居られるらしく、検索してもほとんどがその話題で宿泊情報はほぼ出て来ない。ご主人によると数ヶ月に1度程度泊る常連客と、後はちらほらといった程度という。かつては駅前旅館として商用客はじめ多くの宿泊客を迎え入れたであろうことを思うと寂しい気がする。私はこの旅館に泊る目的で宿泊した人の記事をネットで見たことでリストアップしていたはずなのでそういった客はあるかと聞いたところ、ほとんどないとのことだった。旅館と名乗ってはいるものの宿泊施設ではなく食事処として機能しているようだ。その様子から宿の食事も期待できるかと思っていたところ、私一人だけだと食事の準備が難しいのか、予約時に素泊りでとお願いされた。ランチ同様にある程度の人数でないとやはり材料の手配など難しい面もあるのだろう。
そうした話をご主人としていると、大女将?さんが玄関横の小部屋に案内される。今はお客は入れない部屋のようだが創業間もない頃の旅館の写真が飾ってあった。蒸気機関車による煙害や火の粉が敬遠され、町の中心から外れた位置に駅が置かれた例は多く、ここも古い町並の見られる街区からは少し距離があり、全体写真を見ると駅前にはわずかな建物が連なっているだけである。そんな中で、友末旅館の立派な建物が目立っていた。
ふと見ると猫の親子が。いつのまにか棲みついていた野良猫だそうだが、困ったことに身ごもっておりここを最適な出産場所と身を落着けてしまったのだそうだ。初対面の私に対しても全く警戒する気配がなく、野良猫とは思えないようなおとなしい親子猫だ。4匹の子は1ヶ月ほど前に生まれたそうで、里親を探しているとのこと。
そういえば館内のあちこちに絵画が掲げられていたが、その点については聞き忘れた。
(2025.06.14宿泊)

旅館正面

二階への階段

階段を二階から見おろした様子

階段を上った付近の風景

案内された部屋


隣の部屋(床の間付)

道路側の部屋

二階廊下

玄関わきの部屋に飾られていた旅館創業頃の写真

住み着いて出産した猫
by mago_emon3000 | 2025-06-23 18:46 | 山陽の郷愁宿 | Comments(0)

