空襲に耐え奇跡的に残る建物は軍事施設でもあったー徳山・みぎた旅館
「みぎた旅館」正面の風景
徳山は私が新社会人時代、数年間赴任したところである。既に30年前後が経過し、中心市街地から繁華街、商店街を一通り歩いたが、多くの所で様子が変わっていて、特に駅と駅前付近の面影は乏しかった。
今回ここに来た目的は当時の感慨にふけるためではなく、情報で得た旅館に宿泊することである。ふとしたことでこの「みぎた旅館」の存在を知ることになった。業務の客先の現地作業の行程表をたまたま見ていて、その宿泊先に記されていたのである。少し調べると伝統的な旅館のようで、それでリストに挙げることになった。それにしても、当時住んでいたマンションからは大通りを挟んで向い側と言っても良い位置にあり、玄関や看板は裏道にあるとはいえ、まったく認識がなかった。
しばらく実行するタイミングが取れなかったが、今回ようやく叶った。予約時に示された宿泊料金は本当にこれで良いのかと思わせるものだった。
「みぎた旅館」は細い裏道に立派な門構えを見せていた。ただし、玄関から何度か声をかけても返事が無かった。やむなく廊下を伝って奥へ向うも冷えた空気があるだけで、長々と続いた奥でようやく人声がした。完全に闖入者の状態で恐縮しながら再度失礼しますというと、ようやく誰かと話をされていたらしい女将さんが現れた。
1階の8畳間に通され、宿泊の目的を少しお話しすると、2階に良い部屋があると女将さん。上がると部屋には布団が多く畳まれた状態に。昨日は合宿客があったとのことで、それらや現地作業員などの用務客などが当旅館の主要客らしい。
それにしても格式のある見事な部屋だ。床の間、欄間も各部屋それぞれに異なっていて同じものが無い。欄間に菊の紋章が半分しか表現されていないのは、丸々一つだと「畏れ多い」からだったとか。また、床の間の付書院のデザインは、防府市にある毛利邸の座敷にある床の間の意匠を模したものなのだそうだ。合宿の学生は欄間にタオルや干し物をぶら下げたりと、まあしょうがないかと苦笑されていた。
旅館の特殊な歴史についても説明を受けた。徳山には大正時代に「第3海軍燃料廠」が置かれ、海軍における燃料供給基地となっていた。旅館近くにも施設があったとのことで、旅館はその宿舎として使われていたという。旅館建物の建築年について聞いてみたところ女将さんはよくご存じないようだったが、その歴史から遅くとも昭和戦前であることは間違いない。もともとの建築は軍事的な目的であり、高級感を出す必要はないように思えるが、上官などの宿泊が多かったからなのだろうか。
また徳山は戦時の空襲により中心市街地の多くが焼き払われているはずだが、この付近は焼け残ったとのことで、その点でも大変貴重なものであるといえる。
女将さんは一通り説明を終えると、宿泊料金を徴収して後は翌朝までご自由にといった感じで、今の実態はビジネス旅館なのだろう。表側の建物には人気はなく、一般の宿泊客は私だけのようだった。私は素泊りだが、調理場もあり大広間(これも格式あり)もあるので、食事の提供も行われている。検索を掛けると「割烹旅館」と表示されるものもある。
泊った部屋も立派な床の間のある十分趣あるもので、狭いながら中庭に面している。何とバストイレ付で、最初バスがあるのは知らず部屋から離れた所にある風呂を見つけてそこに湯を張ったが、他にも数箇所風呂場がある。客が自由に選んで利用するというのがここのスタイルらしい。
また、網代天井が多用されているのも特徴で、客室のみならず廊下、また扉などにも見られた。このように非常に手を掛けて造られた建物であることがわかり、宿泊料の数倍も重みのある一晩となった。
改めて旅館の建物を外から見ると、正面玄関のある建物が一番伝統的で、女将さんに案内を受けた二階の部屋もこの棟にある。裏手(大通り側)には後で増築されたらしい建屋が連なっていて、やや複雑な建て方になっている。最初足を踏み入れかけた廊下の奥はその部分につながっており、後で確認したところそこにも客室の扉があり、こちらには宿泊客があるようだ。洗濯機や大型の冷蔵庫などもあって、長期客用の棟らしい。
女将さんの話では、一度某コンビニから店舗用地として買い取りたいといった話を持ち掛けられたことがあったという。しかし、伝統のあるこの旅館建物を安易に手放すことは忍びなく、断ったという。この話が一番印象に残り、また泊ってよかったと思った。宿としての需要も細々ながらも途切れないようで、長く続いてほしいものだ。また泊りたい旅館である。
(2024.12.29宿泊)


奥行深く続く別棟




玄関付近 網代天井など凝った意匠だ

大広間

大広間横の廊下



二階部分の部屋




二階部分の部屋の各意匠 欄間もそれぞれ異なる

二階 御手洗い入口の扉

by mago_emon3000 | 2025-01-12 11:26 | 山陽の郷愁宿 | Comments(0)