名物鍋の味わえる築120年の老舗温泉旅館-北茨城平潟港・砥上屋旅館
茨城県の沿岸はあんこうの好漁場で、港町を訪ねるとあちこちにあんこうを供する店が看板を構えている。とりわけ冬場を中心に味わえるあんこう鍋が有名である。
県北端の平潟漁港にあんこう鍋が味わえる老舗旅館「砥上屋」があることは、以前から知人やネットの情報で知識を得ていた。この地域は町並探訪の面でもそのずっと以前の鉄道旅時代も含め空白地帯となっていた。部屋数は少なく、鍋の時期は予約しづらい旅館との情報があり、業務の繁忙期が終わる頃を狙って泊れぬものかと早めに連絡したところ、希望日に難なく予約することが出来た。3月末日ではあるがあんこう鍋もまだシーズン中だという。
平潟地区は地魚料理を提供し、また釣り船を利用する客などのための民宿が数多くある。そのなかで砥上屋旅館は格式のある旅館の形を取る唯一の宿といってよく、漁港の眼前に伝統的な外観を保っていた。漁港は近代的なたたずまいであることから、木造3階の古びた構えがある意味不釣合いであるともいえる。しかし実際に築120年を誇るこの建物は明治30年代からずっと港直前の一等地で地魚料理を提供し続けてきたわけである。
聞くと東日本大震災の時にもほぼ被害はなかったとのこと。周囲の木造建築は全壊したものもあったというが、柱が多く頑丈な造りの旅館建物は無傷で、また地震後に襲来した津波も建物前でちょうど工事が行われていて、深い溝が掘られていたためそこに海水が流れ込んで減衰され、浸水は免れたとのことである。港の傍らには津波の水位6.7mと記されている。これは運が良かったというほかない。実際玄関を潜ると頑丈な柱と梁組が見られた。
木造3階とはいえ奥行きは狭く、思いのほか小さな宿である。ご夫婦で経営されているようでもともと多くない客室を限定して受け入れているようで、当日の客は私のみとのこと。3階正面側の部屋に案内されると、広縁を通して全面に漁港の風景が望まれた。一通り館内を巡ってみたが、大きく現代的に改装されることなく建築当時の様子をよく留めている。廊下の床や天井、建築当時そのままと思われる急な階段の手すりをはじめ、長年の使用を経て光沢を帯びており、正面の黒板の印象からつながって実に渋い風情の宿である。3階部分は後から建て増ししたとのことだが、2階までとの違いは良く判らなかった。
この旅館には温泉も引かれている。付近は平潟港温泉と呼ばれる温泉場ともなっており、さっそく入って見ることにした。浴槽は小さいながらも宿の規模にふさわしいといえる。漁港風景を眺めながら開放感を覚える。湯は塩辛さがあるがむろん海水の影響ではなく温泉の成分によるもので、湯の表面にはわずかに虹の色合いが浮いているように見え、油分をはらんでいるようでもあった。濃厚な入浴感が味わえた。
温泉の説明書きには塩素消毒、循環などと書かれていたがそのような様子はなく、蛇口を開放すれば新鮮な湯が追加されるようだ。
夕食は2階の別室で頂くことになっており、言われた時間に向うと、地魚を中心とした品の数々が並んでおり、中央の刺身盛合せが目についた。品目はマトウダイ、ホウボウ、ヒラメ、イカとのことで、ホウボウはあの角ばった厳つい顔とは裏腹に甘みのある上品な白身であった。注文した地酒にも相性がよかった。
少し遅れてメインのあんこう鍋が運ばれてきた。既に調理済で軽く火を入れてから味わうと、何とも言えぬコクと適度な魚臭さが癖になるような味である。あんこうの身もむろん美味だが、この汁だけでまた地酒が進む絶品である。これを求めて多くの客が予約される理由が良く判った。女将によると、一般には味噌などで味付けをするというが、この宿では薄い塩味の出汁に身と肝のみで味を出しているとのこと。その分あんこうそのものの味を感ずることができる。出汁の残りを使った雑炊も逸品であった。
翌朝、まだ少し薄暗い早暁の朝5時台から何やら窓外が慌しい。港には昨夕はほとんど見られなかった多くの乗用車が集まっている。最初出漁の準備かと思ったが朝の散歩で見るとほとんどが北関東各地や福島県など他所のナンバーであった。後で宿の人に聞くと遊漁船の客という。今日は土曜日で多くの客があるようだった。
漁港周辺の散歩後、ゆっくりと朝風呂に入り朝食をいただいたが、昨夕とは違って朝日が差し込み、やや薄暗かった廊下周りも明るい雰囲気となっていた。この朝夕で異なった雰囲気が味わえるのもまた魅力的と言えるだろう。
伝統的建物、名物料理、そして温泉と魅力が三拍子揃っており、それを貸切で独占という形で味わえたということで忘れ得ぬ宿泊となった。
(2023.03.31宿泊)
玄関回り 頑丈な柱と梁が見える
黒光りする廊下と階段
案内された部屋 眼前には漁港の風景が展開する
部屋の天井も黒光りしていた
隣の部屋
温泉浴場は新鮮な湯が掛け流されていた
夕食の献立と名物あんこう鍋(これにカレイの焼物が追加)
朝食
平潟漁港の風景
by mago_emon3000 | 2023-04-09 12:58 | 関東・信越の郷愁宿 | Comments(0)