港町に残る花街の遺構-八戸・新むつ旅館

八戸市の小中野地区にある新むつ旅館。二階の立上がりの高いせがい造りの建物で、玄関には銅板葺の唐破風がしつられられている。周囲は現代的な住宅地が展開している中でかなり異質の印象を受ける。
港町として栄えた中心地区に近く、この付近は商業地であるとともに遊興の地としても賑わいを見せ、一時は39軒もの貸座敷が存在していたという。往時の建物が残る唯一の例がこの旅館だ。かつてはその名も「新陸奥楼」という遊郭だったのだが、昭和32年の売春防止法施行とともに旅館に転身した。建物は登録有形文化財となっている。
内部で最も特徴的なのが、何と言ってもY字型になった木製階段、それに続く空中廊下だろう。二階部は空中廊下の両端にエの字状に廊下が配され、そこに客室がある。通りに面した部屋が最も大きく、ここを舞台に芝居や落語などがとり行われることがあるという。
1階部の入口から向かって左側の小部屋は、かつて芸者の控え室だったところだそうで、以前は両端にあったというが現在反対側はお手洗などに改装されている。
人が階段や廊下を歩くたびにきしむのも、こういう古い旅館にあっては古さの奏でる音といえよう。
この旅館は遊郭や古い旅館を好む人々などの間では有名らしく、当初通りに面した最も大きい部屋を予約していたのだが、しばらくして数名のグループの予約が入ったので小さい部屋に変ってもらえないかと女将さんから連絡が入った。当日はもう一組ご夫婦と、一人泊の女性がおり、それで満室とのことであった。
当日、早めに旅館に着いた私は玄関に置かれていた自転車をお借りして、周辺の町並を訪ね、翌朝も朝食時間の前に陸奥湊駅前付近で行われる朝市を見物に出かけるなど、八戸の探訪の拠点としてもとても便利な位置にあるこの旅館を有効に利用させてもらった。
女将さんは関東ご出身で、ここに嫁がれて以来女将を続けられているとのことで、グループ客の応対の合間などに旅館の様々なことを教えていただいた。口はお元気だが階段を降りられるときは足腰を気遣いながらであった。旅館としての建物、さらにその歴史からもここを目的に泊る客も少なくなく、それらの客からも名女将として知られるところらしい。
なお女将さんは今月(2021年12月)になって、逝去されたとの報に触れた。ご冥福をお祈りするとともに、旅館として建物として今後はどうなるか、見守っていきたい。
(2018.05.01宿泊)
※『郷愁小路』「文化財の建物」掲載分より転載・加筆


館内の一番の特徴であるY字型の木製階段

凝った意匠を持つ空中廊下

狭く急な裏手の階段


通りに面した部屋 木製欄干もそのまま残っている

1階部の通りに面した小部屋 芸者の控室だったという


遊郭として営業されていた頃の宿帳 中には利用客の氏名・住所のほか 人相風体なども記されている



by mago_emon3000 | 2021-12-19 10:09 | 北海道・東北の郷愁宿 | Comments(0)