元北前船船主の邸宅に泊るー加賀市橋立「民宿北前船」
石川県南部の海岸部、加賀市郊外にある橋立集落は、江戸期には蝦夷地と上方とを結んだ商船・北前船の船主が多く居住していたところで、伝統的建物とその歴史性から重要伝統的建造物群保存地区にも指定されている。集落内には現在も多くの元船主邸宅があり、「蔵六園」など一般に公開されているものもある。そんな集落内の細い路地に沿って今夜の宿があった。これももと船主邸宅で築約140年という。22年前に「民宿北前船」として宿泊を受け付けるようになったそうだ。
玄関先だけ見るといかにも質素な構えだが、比較的奥行があり裏手には内蔵を構える造りとなっている。上るとすぐに20畳ほどの広間がある。半分は畳が敷かれているがもう半分は板の間となっている。この広間が北前船船主宅であった証のようなもので、ここで乗組員や関係者を歓待していたのだそうだ。畳と板の間の境付近には、宿を始める前に囲炉裏もあったという。
宿の叔母さん(民宿なのでこう呼ばせていただく)はここで生れたとのことだが、子供のころはその会合が頻繁にあったといい、深夜に及ぶことも多かったとのことだ。さすがに当時はもちろん北前船などなかったろうが、船を通した人付き合いは続いていた頃なのだろう。
この60代くらいの叔母さんともう少し年長の女性との2人で営まれているようだ。宿を始められても内外ともほとんど改築・改修することなく船主邸宅時代のままという。広間の奥には座敷が4部屋あり、向かって左奥の部屋が最も格式高いらしく床の間付きであった。小襖には凝った絵も描かれている。廊下には九谷焼関連の有名な方?の作という絵画が掲げられているのが目につく。印象的なのが一本物の立派な軒梁で、毛筆で書かれた紙が貼りつけられている。達筆すぎて読めないが、商談結果を記録したものか、あるいは単なる落書きか。
蟹料理など食事を提供されていたこともあったようだが、現在は素泊りのみで簡単な朝食セットが準備されていた。近くに店もないところなので、夕食は来る途中に大聖寺地区のスーパーで調達せざるをえなかったが、朝はそれをいただいた。当日は他に客はなく、広間を独り占めで、天井が高く太い梁組などを眺めながらの食事は優雅でもあり落ち着く気分であった。ただし翌朝は風が強く吹いており、廊下の戸などのガタ付く音が耳についた。泊った日は暖かい朝だったからよいが、冬場の宴会時は広間に4つも5つも暖房を置いておかないと寒くて堪えられぬのだそうだ。昔ながらの造りの上に隙間風もあるのだろう。
なお宿泊中、たびたび猫の姿を見かけた。裏手の内蔵でいつの間にか野良猫が子を産んでいて、そのうち一匹が棲みついたのだという。見慣れない私の姿を見て少し警戒しているようだったが、元野良猫とは思えない毛並の良さで、叔母さんたちが大事に育てられている様子がわかる。ただしまだ1歳の雄というだけありやんちゃらしく、油断すると座敷に入り込んで襖に爪を立てるなどするので開けておかないようにとお願いされた。
叔母さんのお話、そしてこの猫も相まって、いかにも民宿らしいほのぼのとした宿泊となった。
(2021.03.27宿泊)
宿の正面と外観 裏手に内蔵がある
宴会が頻繁に行われていたという広間
泊った部屋(4部屋ある座敷の一つ)の様子
他の座敷 床の間を持つ部屋もあった
廊下突き当りの壁には立派な絵画があった
廊下の軒梁 毛筆で何やら書かれた紙が貼られていた
庭には船によって各地から運び込まれた石などがあるという
棲みついている猫
橋立の町並(「蔵六園」付近)
by mago_emon3000 | 2021-04-18 13:15 | 東海・北陸の郷愁宿 | Comments(0)