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大型旅館群の中で慎ましやかな佇まい―皆生温泉・旅館三井


山陰への出張時、1泊する必要があって色々調べていたところ、皆生温泉にある「旅館三井」に眼が留った。万事が便利で手軽なビジネスホテルも良いが、2食付でホテルとほぼ変わらない料金であることと、現場からも近いことも決め手だった。

皆生温泉の宿泊施設は大型の観光旅館が中心であり、それがそのまま温泉街の印象となっている。従って外観から老舗を感じさせる旅館は少ないのだが、そんな中でこの旅館は例外といえる。ビル型旅館をよそ眼に慎ましやかな佇まいといったところだろうか。建物も松などの植え込みがありそこから控えた位置にある。


旅館建物は二階建で、玄関から真っすぐに伸びる廊下を進むと、途中で二手に分かれ中央に庭を従えた造りである。戦後まもなく建てられたものとのことで、とりわけ古い建物ではないが廊下周りには昭和の旅館の雰囲気が濃厚に漂っていた。大型の窓ガラスを通して外光もよく入り、明るい雰囲気であった。

部屋は6畳間に案内され、一度改装が入っているようで新しい感じであったが、清潔さが感じられ仕事で泊るにはむしろこれで十分である。御手洗いや冷蔵庫が備わっているのも有難い。


当旅館にはこの本館の他RC造りの別館があり、そちらには広い大浴場があり無料で利用できるというが少し離れており、ここの浴室でも十分ゆっくりできる広さである。循環かとも思ったが入ってみると掛け流しで、底の方から新鮮な源泉が投入されていた。夕食前、翌朝と二度「独泉」で入浴ができこの点は非常に満足だった。

個室で頂いた夕朝食とも料金に対して十分であり、夕食には蟹や陶板焼もある本格的なものだった。ただし蟹は時期でないので身は薄かったものの、ビジネスホテル泊で同様の内容で外食したならば、はるかに料金は上回るだろう。

観光で泊るには設備・食事面でやや不満な人もあるかと思うが、仕事で泊るには居心地が良く十分すぎる宿であった。

(2023.05.08宿泊)



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旅館正面と玄関先




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玄関から続く廊下




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客室棟の廊下 中庭を囲み明るい雰囲気




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鏡に古い地酒の宣伝が




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案内された部屋




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十分な広さのある浴室




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夕食と朝食


# by mago_emon3000 | 2023-05-20 15:17 | 山陰の郷愁宿 | Comments(0)

有福温泉街の中心に位置する共同湯・御前湯



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御前湯の建物



石見地方を代表する温泉地の一つ、江津市有福温泉は小さいながら風情豊かな温泉街が展開し、その中には三つの共同湯がある。そのうち二箇所はどちらかというと地元客中心の小さな浴場であるが、温泉街入口正面からもその姿が目立つ「御前湯」は営業時間も長く朝も7時から営業している。昭和初期に建てられ、洋風の構えを持つ歴史の古い浴場である。


旅館に泊った私は宿の方からもらった割引券で、営業開始早々に朝風呂に向った。地元客と思われる数人の客とともに朝一番の新鮮な湯を味わうことが出来た。夜の営業時間終了後湯を全て流して清掃、朝に再度給湯するということで、営業開始直後が最も新鮮な状態なのである。

浴槽中央にある給湯口から静かに湯が追加されており、その特徴はアルカリ性が高く肌触りが良いことである。また濃厚な成分のない単純温泉なので癖はなく、美肌の湯として称賛されるのもこのためだろう。


実は御前湯は何度か利用したことがあるのだが、前回は今日湯が少ないとかで浴槽の七分目程度しかなかった。自然相手であるのでこういうこともあるようだ。今回はなみなみと浴槽の縁まで溜り溢れている。

浴室から見る特徴の丸窓も風情がある。それをぼんやりと望みながら朝の穏やかなひとときであった。


浴室以外にも、玄関回りそして二階にある休憩室も趣がある。二階には温泉街の歴史が写真で紹介されているのでぜひ見たいところだ。それによると、かつてはバスの営業所があるなど大層賑やかだった様子で、また人々の生活の様子の記録は貴重なものだ。

建物を出て周囲を歩いてみると、どこからも御前湯の姿を望むことができ、改めて温泉街の中心であることを感じる。

(2023.04.30訪問)

※一部は2018年撮影の画像



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玄関回り




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浴室(客がいない状態を狙って手早く撮影したためアングル悪し)




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二階休憩室に向う階段



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休憩室 昔の写真が展示されている




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様々な位置から見える御前湯の建物


# by mago_emon3000 | 2023-05-14 10:55 | 山陰の浴場 | Comments(0)

江戸末期創業の木造三階旅館-有福温泉・三階旅館



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三階旅館の全景(正面から)




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三階旅館の全景(左側面から)RC造りの建物は浴室棟





江津市の郊外、山あいに展開する有福温泉街。その歴史は1300年前にも遡るといわれ、多くの観光客・湯治客を受け入れてきた。

温泉街の入口に立つと斜面に沿って建物が並ぶ独特の風景が展開し、とりわけ正面の小高いところにある共同浴場「御前湯」と左手に見える「三階旅館」が目につく代表的な建物だ。三階旅館は屋号の通り木造三階の佇まいで、創業当初は「振縄館」といわれていたが、建築当時三階建の旅館はここだけだったことで三階さんと呼ばれるようになり、屋号を改めたのだという。現在の建物は明治維新後間もなくの建築である。また、向って左側に増設したRC造りのタイル貼りの建物は浴室棟で、二階屋上が庭園風になっている。


玄関を潜ると、案外現代的に改装された様子である。数年前に内装を更新したそうで、旅館としてはなるべく古い所をそのまま残したいという意向だったが、若い職人が「色々つついてしまった」とは女将の話。しかし、階段は昔ながらの急なまま残され歴史を感じる箇所は随所にある。お年寄りなどは少々不自由か。

案内された部屋は三階の正面の六畳間であった。簡素な造りながら目につくのが奥に見える木製欄干に似た造りである。通常は廊下に設えられるもののように思える。50年ほど前にこのような形に改装されたということだが、それ以前の様子は良く判らないという。しかし、手彫りでこしらえられたその意匠は精緻なもので、これだけで見ものである。

その他、最近100年振りに瓦を葺き替えたといい、古い建物の維持のためには多大な費用と労力がかかるものと改めて思った。


三階部分には「特別室」があると聞いているので、ぜひ見たいと思っていた。松の間と呼ばれるこの部屋は三間続きの座敷を有し、床の間の構造も省略されず格式高い風情であった。二面に窓を持ち明るい雰囲気を持ち、一方は増設した建物屋上の庭が接しているため三階とは思えないような風景となっている。

広縁の椅子に座ってみると温泉街を大きく見渡すことが出来、すぐ隣が共同浴場なので地元の人の世間話などが聞こえたりする。居心地が良いので、文庫本を持ち込んでしばらく佇んだ。


内湯は温泉ではないとか、使われていないという情報もあり共同浴場の利用を考えていたところ、聞くと今は温泉を引いているとのこと。外は雨だったこともあり共同浴場は明朝利用することにして内湯に入ることにした。他の客もなくゆっくり満喫することができたが、湯は独特の肌触りの滑らかさは感じたもののどうも塩素消毒が行われているようだ。まあこれは仕方ないところか。


朝食のみのプランだったので夜は惣菜と酒類を持ち込んだが、朝は地物の食材を多く使ったなかなか豪華なものだった。シジミ汁に使われる味噌もこの近くで造られているものだという。


温泉街は一度かなり寂れた印象だったが最近になって新たな風が吹き込まれているようで、新たに開業した旅館、改装して飲食店として使われている建物など変化が出てきている。そんな中で三階旅館だけが旧態依然のままというわけにはいかないだろう。館内の様子や宿の方のお話を聞いているとさまざまな努力をされている様子が伝わってきた。

ただ、旅館建物は流石長年の時の経過にもより実に温泉街に溶け込んでいるように思うので、建て替えや大規模な外観の改変は望ましくない。古いものを活かしつつ利用者の不自由のないようなバランスを保つことが必要だろう。

(2023.04.29宿泊)




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玄関先とロビー周りの様子




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通された部屋と部屋からの風景




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部屋の窓から戸袋の精巧な彫刻が見られる



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松の間の座敷




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松の間の広縁




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旅館の内風呂




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昔ながらの階段




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廊下の意匠 最近整えられたと思われるものも




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朝食




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# by mago_emon3000 | 2023-05-07 11:29 | 山陰の郷愁宿 | Comments(0)

湯治宿の雰囲気を残す鉱泉旅館-いわき玉山温泉・藤屋旅館



いわき市の一部である四倉地区の郊外、山懐に玉山温泉という温泉地がある。古く平藩の時代、藩主の奥方の夢のお告げで発見されたという伝説があり、250年の歴史を持つ温泉である。探訪二日目の宿として、古い構えを残す延享元(1744)年創業の老舗「藤屋旅館」に泊ることにした。

玉山温泉は四倉地区の市街地から10分ほど、緩やかな丘陵に囲まれた自然豊かな場所にある。駅からは遠いものの常磐自動車道のICから近く、便利な場所にある。温泉街といったものはなく数軒の旅館のみの静かなところだ。川沿いに宿の看板を見ると、対岸に旅館建物の二階屋が望まれた。想像よりも大柄な建物で、玄関前の柱には「礦泉旅館 藤屋」との文字が見えた。


現在の建物は築120年とのこと。全体には改修が加えられそれほど古さは感じない中で、最も歴史を感じる場所は帳場周りだろう。フロントと呼ぶには余りにも旧態な様子で、帳場と呼んだ方がしっくりくる。20畳ほどの座敷には囲炉裏が置かれ、奥の算盤などが置かれた小机の裏には古めかしくも立派な金庫がある。天井も黒光りしており、新しい建物で伝統や古さを演出しようとしてもできないところである。その様子から元は商家だったのかと思い聞いてみると、創業当初から宿泊業とのことで、当初は近在の農家が農繁期の骨休めに利用する宿だったという。客は寝具や食料を持ち込み数日から1週間ほど滞在していたといい、まさに湯治宿だったわけだ。


案内された部屋は二階の二間続きの12畳間で、隣部屋とは襖で仕切られた昔ながらの構造である。しかし浴衣・洗面具をはじめ備品類は揃っており十分快適である。廊下には共同の冷蔵庫もあり、朝食のみで夜は持ち込みの私には有難い。このあたりからも湯治宿らしい風情を感じる。当日は春休み期間中でもあるからか、子供連れの客などで盛況のようであった。

温泉はアルカリ性の冷鉱泉で、時間により貸切利用も可能という。PHが10ほどのアルカリ性の泉質で、加温されているが丁度良い湯加減で、滑らかで肌ざわりの良い浴感であった。それにしても現在の温泉地の様子からして決して湧出量は多くなかったはずで、冷泉でもあり、江戸期の人がよく見つけたものと感心する。


翌朝は6時半から朝風呂に入れるとのことで、その前に宿の周囲を散歩する。宿の方が言われていた通り、様々な種類の鳥の声が聞えた。道路端にあった案内板を見ると、銅山や精錬所といった文字が見えた。鉱山とともに温泉が発見されたのかもしれない。宿の周囲は桜が花盛りであった。

朝風呂後、朝食は一階の広間で頂いた。湯豆腐やたっぷりの野菜など質量ともに十分なもので、温泉にも存分に入れて宿泊料的にこれで良いのかと思わせる安価さであった。設備云々を問わないのなら十分すぎる価値のある旅館である。


(2023.04.01宿泊)



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川岸から見る藤屋旅館


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藤屋旅館の主屋 玄関先に「礦泉旅館藤屋」の文字が



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帳場周り



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帳場にあった昔の精算道具類と金庫



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案内された部屋



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浴室




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時間によっては部屋単位で貸切利用が可能




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温度計 平市が存在したのは1966年までだがそれよりも随分古い時代のもののようだ



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朝食


# by mago_emon3000 | 2023-04-23 17:03 | 北海道・東北の郷愁宿 | Comments(0)

名物鍋の味わえる築120年の老舗温泉旅館-北茨城平潟港・砥上屋旅館


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砥上屋旅館の正面全景


茨城県の沿岸はあんこうの好漁場で、港町を訪ねるとあちこちにあんこうを供する店が看板を構えている。とりわけ冬場を中心に味わえるあんこう鍋が有名である。

県北端の平潟漁港にあんこう鍋が味わえる老舗旅館「砥上屋」があることは、以前から知人やネットの情報で知識を得ていた。この地域は町並探訪の面でもそのずっと以前の鉄道旅時代も含め空白地帯となっていた。部屋数は少なく、鍋の時期は予約しづらい旅館との情報があり、業務の繁忙期が終わる頃を狙って泊れぬものかと早めに連絡したところ、希望日に難なく予約することが出来た。3月末日ではあるがあんこう鍋もまだシーズン中だという。


平潟地区は地魚料理を提供し、また釣り船を利用する客などのための民宿が数多くある。そのなかで砥上屋旅館は格式のある旅館の形を取る唯一の宿といってよく、漁港の眼前に伝統的な外観を保っていた。漁港は近代的なたたずまいであることから、木造3階の古びた構えがある意味不釣合いであるともいえる。しかし実際に築120年を誇るこの建物は明治30年代からずっと港直前の一等地で地魚料理を提供し続けてきたわけである。


聞くと東日本大震災の時にもほぼ被害はなかったとのこと。周囲の木造建築は全壊したものもあったというが、柱が多く頑丈な造りの旅館建物は無傷で、また地震後に襲来した津波も建物前でちょうど工事が行われていて、深い溝が掘られていたためそこに海水が流れ込んで減衰され、浸水は免れたとのことである。港の傍らには津波の水位6.7mと記されている。これは運が良かったというほかない。実際玄関を潜ると頑丈な柱と梁組が見られた。


木造3階とはいえ奥行きは狭く、思いのほか小さな宿である。ご夫婦で経営されているようでもともと多くない客室を限定して受け入れているようで、当日の客は私のみとのこと。3階正面側の部屋に案内されると、広縁を通して全面に漁港の風景が望まれた。一通り館内を巡ってみたが、大きく現代的に改装されることなく建築当時の様子をよく留めている。廊下の床や天井、建築当時そのままと思われる急な階段の手すりをはじめ、長年の使用を経て光沢を帯びており、正面の黒板の印象からつながって実に渋い風情の宿である。3階部分は後から建て増ししたとのことだが、2階までとの違いは良く判らなかった。


この旅館には温泉も引かれている。付近は平潟港温泉と呼ばれる温泉場ともなっており、さっそく入って見ることにした。浴槽は小さいながらも宿の規模にふさわしいといえる。漁港風景を眺めながら開放感を覚える。湯は塩辛さがあるがむろん海水の影響ではなく温泉の成分によるもので、湯の表面にはわずかに虹の色合いが浮いているように見え、油分をはらんでいるようでもあった。濃厚な入浴感が味わえた。

温泉の説明書きには塩素消毒、循環などと書かれていたがそのような様子はなく、蛇口を開放すれば新鮮な湯が追加されるようだ。


夕食は2階の別室で頂くことになっており、言われた時間に向うと、地魚を中心とした品の数々が並んでおり、中央の刺身盛合せが目についた。品目はマトウダイ、ホウボウ、ヒラメ、イカとのことで、ホウボウはあの角ばった厳つい顔とは裏腹に甘みのある上品な白身であった。注文した地酒にも相性がよかった。

少し遅れてメインのあんこう鍋が運ばれてきた。既に調理済で軽く火を入れてから味わうと、何とも言えぬコクと適度な魚臭さが癖になるような味である。あんこうの身もむろん美味だが、この汁だけでまた地酒が進む絶品である。これを求めて多くの客が予約される理由が良く判った。女将によると、一般には味噌などで味付けをするというが、この宿では薄い塩味の出汁に身と肝のみで味を出しているとのこと。その分あんこうそのものの味を感ずることができる。出汁の残りを使った雑炊も逸品であった。


翌朝、まだ少し薄暗い早暁の朝5時台から何やら窓外が慌しい。港には昨夕はほとんど見られなかった多くの乗用車が集まっている。最初出漁の準備かと思ったが朝の散歩で見るとほとんどが北関東各地や福島県など他所のナンバーであった。後で宿の人に聞くと遊漁船の客という。今日は土曜日で多くの客があるようだった。

漁港周辺の散歩後、ゆっくりと朝風呂に入り朝食をいただいたが、昨夕とは違って朝日が差し込み、やや薄暗かった廊下周りも明るい雰囲気となっていた。この朝夕で異なった雰囲気が味わえるのもまた魅力的と言えるだろう。

伝統的建物、名物料理、そして温泉と魅力が三拍子揃っており、それを貸切で独占という形で味わえたということで忘れ得ぬ宿泊となった。

(2023.03.31宿泊)


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玄関回り 頑丈な柱と梁が見える



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黒光りする廊下と階段







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案内された部屋 眼前には漁港の風景が展開する




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部屋の天井も黒光りしていた



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隣の部屋




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温泉浴場は新鮮な湯が掛け流されていた



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夕食の献立と名物あんこう鍋(これにカレイの焼物が追加)



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朝食



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平潟漁港の風景



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# by mago_emon3000 | 2023-04-09 12:58 | 関東・信越の郷愁宿 | Comments(0)