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地域の人々の日常の間―尾道・養老温泉



山陽自動車道尾道ICから市街地方面に向かうと、左手に「養老温泉」という案内板が見える。以前から気になっていたところだが、今回日帰り温泉として利用して見ようと寄ってみることにした。

この養老温泉は昭和35年に付近で酒造のため地下水を探っていたところラドン温泉という放射能泉が出たということで、温泉施設に切り替えたという60年余りの歴史を持つ。日帰り湯が中心だが宿泊も受付けており、旅行者をはじめ学生の合宿、工事関係者などの長期客など多彩な客の利用があり、そちらも繁盛しているようだ。いわゆるスーパー銭湯といったものにはあまり興味が湧かないが、ここは一度訪ねたいと思っていた。


日帰り客は裏手の駐車場側に面した玄関から入る。受付には所狭しと菓子類が売られ、また定食や単品などのメニューが。休憩室で食事ができるという。コテコテした昭和の空気が感じられる。

早速浴室に向うと比較的コンパクトな浴室に二層になった浴槽、湯がやや熱めなので温もると浅い部分に腰かけたり、なかなか使い勝手が良い。特に癖のない泉質だが、ラドン温泉はよく暖まるそうである。他に23名の客があったがのんびりとした浴感を味わうことが出来、つい長湯をしてしまった。

浴室入口付近の廊下にはレトロなポスターがあちこちにあり、昭和の雰囲気を演出していた。ドリフターズの映画ポスターもある。またフロントから続く売店には古いパチンコ台、何時ごろのものだろうか煙草の値段表などもあり、施設全体から昭和の雰囲気が濃厚に漂っていた。

売店奥には畳敷きの休憩室があり、多くの客がくつろいでおり少し驚く。浴室の広さやお客の数と不釣合いのようにも感じるが、何度か温泉に入りながらのんびり過ごす、これがこの温泉を利用する人々の標準的な過し方なのだろう。


年末という時期的なものもあったからかもしれないが、外来客よりは地元の方々・常連客が多くを占め、くつろいだ時間を過されているようだった。


2025.12.28訪問)



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日帰り温泉の玄関



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旅館の玄関



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フロントまわり


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浴室(施設サイトより)



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浴室入口付近廊下に掲げられたポスター類



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かつて付近を走っていた尾道鉄道の写真も



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休憩室入口



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売店には昔の煙草の値段表、パチンコ台などが



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食事のメニューも豊富


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飲泉コーナーもある


# by mago_emon3000 | 2026-01-25 11:11 | 山陽の浴場 | Comments(0)

もと旅籠だった山陰街道沿いの宿-園部・合羽家


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京都市街地から山陰本線で30分余りのところにある園部。古くは山陰街道が横断し商業町・宿場町として発達し現在も古い町並としてその面影が見られる。今回は旧街道沿いにある旅館「合羽家」を予約している。合羽屋と表示されたネット情報もあり表記にばらつきがあるが、「合羽家」が正式な屋号の表記である。


付近は今では南丹市と呼ばれるように丹波地方に位置しており、京都市付近とは異なる風土の地域だが、山陰本線や専用道によって交通の便がよく、郊外といえるところだ。町並自体は何度か訪ねたことがあって、旅館の位置も外観も記憶に残っている。旅館建物の何軒か西側に交差点があって、そこから先は今では大規模に道路拡張が行われている。一部は古い建物を曳家で残したようだが旧街道沿いらしい風情はほぼ失われている。旅館の辺りから東側が辛うじて残り、伝統的な建物が所々見られる状況だ。


17時半頃旅館前に到着したが、建物内は真っ暗なままだった。周囲は既に暗く、少々不安になり宿に連絡すると、女将らしい方が出て来られ今帰って来たばかりだったとのこと。何とか安堵して間もなく玄関先が明るくなった。

玄関を潜り長い続き土間を抜けると一旦中庭のような所に出て、庭に面した廊下の奥に二間続きの部屋があり、そこに案内された。旧街道沿いらしく間口に比べかなり奥行きの深い敷地である。部屋は真っ暗だったが電灯をともすと床の間や欄間の意匠が見応えのある和室であった。しばらくしてお茶と茶菓子を持ってこられ、差し出された宿帳に記帳したが、このところ月に12件の客の入りのようだ。今では素泊りのみで、時々古くからの常連客が利用する程度という。


旅館・旅籠として街道が現役の頃の江戸末期に創業という生粋の老舗宿で、玄関の雰囲気と続き土間の様子から商売をされていた様子である。合羽家さんは醤油の醸造業も携われていたようで、中庭には当時の土蔵が残っている。

通りに面した建屋は江戸の建物らしいつし二階だが、客室棟は平屋で、中庭に面してL字型に5部屋ほど連なっている。案内された部屋と続き部屋が最も格式高いと思われ、反対側は裏庭に面していた。これがなかなか本格的なもので、枝ぶりの良い松に苔むし風格を感じる石灯籠群、その他各種植込みがあり、今では零細なこの旅館のこと、維持だけでも大変だろう。


情報では90歳ともいわれるこの6代目の女将さん一人で終始応対され恐縮してしまったが、旅館として現役ではなくなる日も遠くないのではと思えた。京都市街地に30分余りという位置から宿泊施設の需要そのものが余り高くない中で、これまで奮闘されたことがむしろ奇跡的ともいえる。

出発時は玄関先まで出られ見送っていただいた。少しでも長く宿を続けていてもらいたいと思いながら山陰街道を駅に向い旅館を後にした。

2025.12.13宿泊)




屋号の表示は控えめだ



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「郵政省指定旅館」の標板



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玄関付近の様子


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続き土間が奥に連なる


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一旦建物外に出、中庭に沿いに客室が


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案内された部屋と続き間


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部屋に掲げられていた書


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裏庭を望む廊下


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立派な裏庭


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山陰街道沿いの町並


# by mago_emon3000 | 2025-12-30 10:52 | 近畿の郷愁宿 | Comments(0)

元首相の定宿でもあったー笠岡・辻与旅館


笠岡は小さい町ながら井原市などの内陸部の地域も後背地に持って港として発達し、地味ながらその歴史を感じさせる古い町並も残されている。今回、駅北側の市街地にある「辻与旅館」を予約し宿泊する機会を得た。


16時頃玄関をくぐると、今日は他に何組か客があるらしく夕食の準備等で忙しそうにされていたが、女性従業員が出て来られ部屋に案内いただいた。部屋は玄関から左に向ってすぐの8畳間で、和室ながら布団が敷かれるとともに机と椅子が置かれていた。


旅館の創業は明治初年に遡るといい、それ以前は廻船問屋を営んでいたという。笠岡は山陰方面からの陸路の終点でもあり、石見の銀なども積出されていたため海運業が発達、その一翼を担っていたのだろう。長年創業当時の建物で営業されていたが、30年ほど前駅北側の大規模な再開発により、旅館建物の建て替えが必要となった。御主人は建て替えたくなかったらしいが政策なので従わざるをえず、今の建屋になったという。

しかし館内の滞在感覚からして、平成になって建て替えられたとは思えない居心地を感じる。案内された部屋もむろん新しいのだが、あちらこちらに細かい造作といったものが感じられ、老舗旅館の格式を保とうという御主人の工夫のほどが伝わってくるようだ。再建にあたって以前の建材をなるべく多く再利用したということで、上り框の一枚板もそうだというし、2階への階段から見える太い梁組、柱の一部なども。確認できなかったが玄関の戸も30年物とは思えないし、家具什器も旧建屋時代のものが一部置かれているようだ。


当旅館は駅至近で料亭としての利用もあり、数多くの常連客があったが、最も有名なのが犬養毅元首相だった。遠縁にあたる辻氏が経営するこの宿に足繫く通ったとのことで、三代目の辻与左衛門氏(女将の談)の名前から屋号を取ったとのこと。驚いたことに、部屋にも古い写真や書簡のようなものが所狭しと掲げられている。

廊下にも、他の部屋にも二階廊下にも犬養氏関連の写真類がある。目にできるのは一部に違いないだろうし、その収蔵量は資料館級といってよいかもしれない。とりわけ玄関をくぐると目に入る毛筆の書は、女将からの説明内容は忘れてしまったが価値の高いものだという。公務に就いている数々の写真、辻胸太郎氏に宛てた手紙、サインのある扇子その他多数。

旅館はまた、笠岡出身の日本画家・小野竹喬も常連客で、氏に関連する写真等も掲示してあった。


食事は二食付で予約した。公式サイトで旅館名に四季の懐石という語句が添えられるように、料亭としても創業した歴史も味わいたかったからである。

檜風呂での一浴後部屋で休憩していると、料理が運ばれてくる。部屋食なのが有難い。また胡坐を組むのが苦手なので机と椅子で食事できるのも有難い。品数少な目のコースだったが、蟹や各種造り、鯛の煮付けにノドグロの焼き物その他、魚中心の十二分な食事内容だった。近くの寄島町の地酒「喜平」との相性も良かった。

翌日の朝食も品数多く手作り感が強いもので、具沢山の味噌汁など美味しくいただくことができた。帰り際「わざわざ泊っていただきありがとうございます」の返答に「いえいえ、良い1泊になりました」と自然に言葉が出た。


出来得れば創業当時の建物時代に泊りたかったが、宿の歴史を感じるにも十分なものがあった。

2025.11.01宿泊)


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旅館建物




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玄関の戸は建替え前から使われていたものだろう




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再利用される上り框の一枚板




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玄関付近




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案内された一階の部屋




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他の部屋(会食用か)




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檜風呂




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魚中心の夕食




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朝食




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二階部に使われる旧建物時代からの梁組




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犬養毅元首相に関する写真その他が数多く掲示されていた

(木堂とは氏の雅名)


# by mago_emon3000 | 2025-11-16 17:43 | 山陽の郷愁宿 | Comments(0)

1300年もの歴史を誇る老舗-粟津温泉・法師



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旅館正面(玄関棟)


「加賀温泉郷」という呼称は加賀市に属する山中・山代・片山津温泉、小松市の粟津温泉を指しており、いずれも大型の温泉地で多くの宿泊客を迎え入れている。

粟津温泉には北陸最古の温泉旅館「法師」があることは随分前から情報を得ており、実際宿泊した人のレポートを見て、イメージを膨らませ何時か泊ってみたいと目論んでいたところ、この程実現の運びとなった。北陸地域の探訪はしばらく時間が空いていたこともあって、機が熟した感が兆していた。


粟津駅から北陸鉄道のバスで15分ほど、温泉街の中心に到着する。付近にはビル型の温泉旅館も見られ、歓楽的要素はなくとも温泉地らしい華やかさが感じられる。そして飲食店などの並ぶ通りを抜けると、突当りに緑に囲まれたひときわ厳かな構えが見えてきた。「法師」の玄関棟である。

粟津温泉の開湯は1300年前もの昔といわれ、法師とはここに初めて湯屋を建てた人の名「雅亮法師」に由来し、以後代々法師を名乗り現在は47代目にも及んでいる。老舗の中でも極めつけの歴史の古い旅館である。


館内に入ると、一見よくあるやや高級な大型旅館のロビーのように感じるが、この玄関部分の棟は築100年以上の歴史を誇り、建材もほぼそのままという。確かに玄関をくぐってすぐの所の天井を見上げると武骨で頑丈な梁組が見られた。中庭に面しては一段高くなった座敷があり、申し込めば宿到着後ここで茶の接待をくけることが出来るのだという。座敷内を見ることは可能というので上らせてもらったが、立派な床の間や欄間のある特別な空間といった風情だった。


私が案内されたのは「秋の館」と呼ばれる8階建ての5階の十畳間だった。中庭に沿った廊下に沿い向かう中庭には延命閣と呼ばれる離れがあり、玄関棟とともに登録有形文化財となっている。それにしても、秋の館なる宿泊棟にたどり着くまで相当な距離がある。庭が広大でその周囲をぐるりと囲むように複数の宿泊棟と廊下が巡っているからだ。部屋から見おろすと、まるで森の中に建屋が浮んでいるようにも見える。新し目の部屋だが、清潔で窓も大きく取られ好感が持てるものであった。


少し休憩しやはりまず温泉をと部屋を出たが、この浴場もまた延々と廊下を進んだ先にあり、45人の先客があったが広大な浴室のためゆっくりと利用できた。立派な植込みの中に露天もある。湯量が多いため循環なのは仕方ないが、硫酸塩泉という泉質で欠航を良くし老廃物を排出する効果や、神経痛、皮膚病などに効能がある。湯は無味無臭で、露天の石に若干析出物が付着している程度である。温泉らしさはやや薄いものの長湯や繰り返し湯には向いている。


1泊朝食のプランであるため夜は歩いて数分の所にある鮨屋に入った。今朝採れたという鯵の刺身、ハタハタの揚物など日本海らしい海産物や地酒を味わうことが出来満足だった。


朝食会場は下の階の個室に案内されている。部屋に入ると中央に壁があって左右に個室が並ぶ造りで、もう片方では別の客が食事する形になっていた。客室にしては変った造りなので当初から食事会場用に設計されたものと思われた。品数多い献立は傍らに図解が添えられており、ユニークかつもちろん美味なものばかりだった。

配膳してくれたのは外国人女性スタッフであった。フロント係や部屋案内も外国人従業員によるもので、ここにも人手不足の影響が来ているように思えた。


食事後、中庭を一通り散策。旅館のサイトによると「蓬莱思想」に根差したものという。残念ながらすぐ理解できないので少し調べると中国由来で、仙人や不老不死の象徴とされ、その影響を受けた日本庭園では池泉庭園という池や築山、島を配置したものが多いとのこと。確かに立派な鯉の泳ぐ池、小高い丘のようなものが築かれており、木々も風格ある老木が多く、最近になって造園されたものではないことは確かだ。重量感のある石灯籠にも眼が留った。


1000年を超える超老舗とはいえ、大型旅館の部類に入る当館は全て伝統的な建物で構成するという訳にはいかず、歴史を強く感じることのできるのは基本的に玄関付近だけなのだが、そのインパクトはかなり強い。また廊下の所々に中庭を望むことのできる休憩所が設けられており、庭と反対側の面にも小さな坪庭が設えられているなど、老舗らしい細やかな工夫・配慮がなされていた。大浴場入口付近から見える能舞台も厳かだった。

2025.10.18宿泊)




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高級感漂うロビー 




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天井の梁組



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中庭側には趣ある座敷が




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泊った「秋の館」の部屋




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座椅子横には脇息が備えらえていた




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部屋から見ると中庭を廊下が巡っているのがわかる




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浴場入口と付近から眺める能舞台



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このような廊下が館内を一周している




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廊下の途中から見る坪庭




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朝食




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朝食の図解




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池や築山、巨大な石灯籠などのある立派な中庭




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# by mago_emon3000 | 2025-10-26 13:31 | 東海・北陸の郷愁宿 | Comments(0)

大正時代築造の岩風呂も―皆生温泉・海潮園



美保湾越しに大山を望む風光明媚な場所に位置する皆生温泉。米子市郊外への出張の機会を利用して旅館を調べていたところ、「海潮園」という和装の佇まいの宿が目に留り予約した。皆生温泉はこれで三度目の宿泊となるが、いずれも出張を利用してのものである。


皆生温泉は全体にはビル型の大型旅館が目立っており、情緒ある温泉街といった雰囲気は淡い。そんな中で「海潮園」は通りに面し町家風の二階屋を構え、異彩を放っているといっても良いだろう。


内装は一度大幅に改装を行ったらしくそれほど古い旅館の感じがしないが、部屋を案内いただいた男性従業員に築年数を聞くと「約60年前」との答え。部屋も布団を敷く部分が嵩上げされたようなユニークな感じだったが、木造旅館の温かさが感じられた。


温泉浴場は珊瑚湯、浜の湯と呼ばれる男女入れ替えの大浴場と家族湯があり、73度という高温の湯が加水されながら掛け流されている。その中の目玉は大正時代に造られたという皆生温泉最古の岩風呂だ。今は浜の湯の露天風呂として使われており、浅場と深場を織り交ぜた特徴ある造りだった。当日は他に数組の客があったようだが、浴場には他に客はなく朝夕ともじっくり堪能することができた。


温泉場の行き帰りに館内を一通り回ってみたところ、意外と客室数が多く、一階には大広間もあった。廊下には絵画が多数飾られているのも印象的だったが、それについては聞き忘れた。


朝食のみのプランで、夜は宿の人に教えて貰った近くの居酒屋を利用した。1階の個室で頂いた朝食はアカモク(海藻)で出汁を取った豆腐鍋、カレイの一夜干し、茶碗蒸しにシジミの味噌汁など、品数豊富で期待以上の内容だった。

また観光で泊りたいと思わせる宿である。

2025.09.08宿泊)


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海潮園の建物外観




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玄関付近




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客室




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大浴場(珊瑚湯)




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大浴場(浜の湯)




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浜の湯の露天風呂




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廊下には数々の絵画が



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中庭に面した休憩室




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朝食



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# by mago_emon3000 | 2025-09-14 19:43 | 山陰の郷愁宿 | Comments(0)